ひと月が経過した。
紗与里はなんとか仕事も慣れ、那智との付き合い方もわかってきたところだった。
アンドロイドのようなという印象は、ますます強くなっていた。
占い師というには、彼はあまりにもクールだった。冷淡とも言っていい。
よく紗与里は、友達の樹子と電話で話をしていた。
「だって、鑑定中に泣き出すような女の人も多いのよ。
やっぱり、昔の悲しいこととか辛いこと思い出すじゃない。ああいう仕事だと。
そんなときだって、あの人、ほろりともしないのよ」
「あー、わかるわかる」
樹子は高校以来の友達で、今はエステのサロンで働いている。近い将来には独り立ちする予定だ。
エステティシャンだけあって、紗与里とはまったく外見的な差が大きい。いつもきれいにしている。
「あの先生、いつもそんな感じだから」
「でしょ。ふつう、そういう時って、『お気持ち、わかりますよ』とか言うじゃない。
あの人、まったくそういうの、ないから」
「でも、一応、気遣ってはくれてるでしょ」
「ああ、まあ、一応、相手が泣き止むのを待ってたりするけど。
だけど、すぐにまた、たんたんと解説をしたり、アドバイスしたり」
「でも、だいたい、お客さん、納得したり癒されたりして帰るでしょ」
「それが不思議なのよねー」
「紗与里も一度見てもらえばいいのに。あたしなんか、毎月一回くらいお願いしてるのに」
「いや、いい。なんか、むちゃくちゃ悪く言われそうな気がするから」
というのは理由の半分。
残り半分は、まともに鑑定料を払うのは経済的に痛いからだ。
中途半端なところで採用されたので、最初に支給された給与は、半月分ほどしかなかった。
生活のこと、子供のことを考えると、余裕が出るのなんか、だいぶ先の話だ……
というよりも、いつか余裕が出る日が来るのだろうか、と疑問に思う。
「でも、ほんとよかったよ。あんたが採用されてさ」
「ほんと助かった。樹子には感謝してる。
あそこで募集してるって教えてくれて」
「たまたまあたしが鑑定してもらって、そのときに先生がぽろっと言ったんだよね。
事務仕事をしてくれる人が欲しいから、募集の張り紙を出すって」
「へー」
「それがさ、すごい先生らしい理由でさ」
「え?」
「自分にとってここしばらくはすごく重要な、良い出会いがある時期だから、今、募集を出すんだって。
そういう時には、たいてい良い人が来るからって」
「ふうん、そういうのあるんだ」
「普通の人間なら、運命的な出会いもある時だって言ってたよ。
そんなタイミングで、まあ、よりによって紗与里が採用されちゃうなんてね~
もしかして、紗与里、あの先生の運命的な出会い」
「ばか。そんなことあるわけないじゃない」
「あの先生も、そういえば独身かどうかわかんないしね。そういえば、いくつなんだろ」
「そういや、あたしも知らない……あ、そうか」
「なになに?」
「いや、最初に警察が来たときに言ってたのよ。
このタイミングで来たのが興味深いとかなんとか。
それって、その時期のことだったんだ」
納得。
謎めいたセリフの意味が解けた。
うん? ということは、その運命的な出会いのタイミングで、あのちょっと素敵すぎる女刑事も登場してきたことになるわけか?
ということも考えた。
まあ、どうでもいい。
と、頭から考えを振り払った。
ただ、一点。
紗与里は、那智がいつも礼を言うことには、安心感を覚えていた。
たとえばコーヒーを入れるとか、頼まれた仕事をやるとか、そういう紗与里の行為に対して、彼はたいてい「ありがとう」と言う(お客と話し込んでいたりすると別だが)。
礼を言わない人。
自分のやっていることが当たり前。
彼女にはそのように自分のことを扱われる経験が、これまで数多くあった。
以前に勤めていた会社でも。
そして結婚でも。
そんなものかもしれない、とは思う。
しかし、自分のしていることに礼を言われると、存在を認めてもらえていると感じる……。
殺人事件絡みの、あまりにも刺激的な勤務の始まりだったけれど。
これだけ繁盛していて、待遇の良いところ、しかも冷たいけれど、人間的には安心できそうな人間のところで働けることで、ようやく切羽詰った状態を抜け出し、安堵感を覚え始めた頃――。
また、観鈴はやってきた。
今回は一人だった。
彼女は開口一番、言った。
「今日はお礼を申し上げに参りました」
※この物語はフィクションです。
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