火星の隠された場所 8 |  ZEPHYR

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ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

 ひと月が経過した。

 紗与里はなんとか仕事も慣れ、那智との付き合い方もわかってきたところだった。

 アンドロイドのようなという印象は、ますます強くなっていた。
 占い師というには、彼はあまりにもクールだった。冷淡とも言っていい。

 よく紗与里は、友達の樹子と電話で話をしていた。

「だって、鑑定中に泣き出すような女の人も多いのよ。
 やっぱり、昔の悲しいこととか辛いこと思い出すじゃない。ああいう仕事だと。
 そんなときだって、あの人、ほろりともしないのよ」

「あー、わかるわかる」
 樹子は高校以来の友達で、今はエステのサロンで働いている。近い将来には独り立ちする予定だ。
 エステティシャンだけあって、紗与里とはまったく外見的な差が大きい。いつもきれいにしている。

「あの先生、いつもそんな感じだから」

「でしょ。ふつう、そういう時って、『お気持ち、わかりますよ』とか言うじゃない。
 あの人、まったくそういうの、ないから」

「でも、一応、気遣ってはくれてるでしょ」

「ああ、まあ、一応、相手が泣き止むのを待ってたりするけど。
 だけど、すぐにまた、たんたんと解説をしたり、アドバイスしたり」

「でも、だいたい、お客さん、納得したり癒されたりして帰るでしょ」

「それが不思議なのよねー」

「紗与里も一度見てもらえばいいのに。あたしなんか、毎月一回くらいお願いしてるのに」

「いや、いい。なんか、むちゃくちゃ悪く言われそうな気がするからあせる
 というのは理由の半分。
 残り半分は、まともに鑑定料を払うのは経済的に痛いからだ。

 中途半端なところで採用されたので、最初に支給された給与は、半月分ほどしかなかった。
 生活のこと、子供のことを考えると、余裕が出るのなんか、だいぶ先の話だ……

 というよりも、いつか余裕が出る日が来るのだろうか、と疑問に思う。

「でも、ほんとよかったよ。あんたが採用されてさ」

「ほんと助かった。樹子には感謝してる。
 あそこで募集してるって教えてくれて」

「たまたまあたしが鑑定してもらって、そのときに先生がぽろっと言ったんだよね。
 事務仕事をしてくれる人が欲しいから、募集の張り紙を出すって」

「へー」

「それがさ、すごい先生らしい理由でさ」

「え?」

「自分にとってここしばらくはすごく重要な、良い出会いがある時期だから、今、募集を出すんだって。
 そういう時には、たいてい良い人が来るからって」

「ふうん、そういうのあるんだ」

「普通の人間なら、運命的な出会いもある時だって言ってたよ。
 そんなタイミングで、まあ、よりによって紗与里が採用されちゃうなんてね~ニコニコ
 もしかして、紗与里、あの先生の運命的な出会いはてなマーク

「ばか。そんなことあるわけないじゃない」

「あの先生も、そういえば独身かどうかわかんないしね。そういえば、いくつなんだろ」

「そういや、あたしも知らない……あ、そうか」

「なになに?」

「いや、最初に警察が来たときに言ってたのよ。
 このタイミングで来たのが興味深いとかなんとか。
 それって、その時期のことだったんだ」

 納得。
 謎めいたセリフの意味が解けた。

 うん? ということは、その運命的な出会いのタイミングで、あのちょっと素敵すぎる女刑事も登場してきたことになるわけか?

 ということも考えた。

 まあ、どうでもいい。
 と、頭から考えを振り払った。

 ただ、一点。

 紗与里は、那智がいつも礼を言うことには、安心感を覚えていた。
 たとえばコーヒーを入れるとか、頼まれた仕事をやるとか、そういう紗与里の行為に対して、彼はたいてい「ありがとう」と言う(お客と話し込んでいたりすると別だが)。

 礼を言わない人。

 自分のやっていることが当たり前。

 彼女にはそのように自分のことを扱われる経験が、これまで数多くあった。
 以前に勤めていた会社でも。
 そして結婚でも。

 そんなものかもしれない、とは思う。

 しかし、自分のしていることに礼を言われると、存在を認めてもらえていると感じる……。

 殺人事件絡みの、あまりにも刺激的な勤務の始まりだったけれど。

 これだけ繁盛していて、待遇の良いところ、しかも冷たいけれど、人間的には安心できそうな人間のところで働けることで、ようやく切羽詰った状態を抜け出し、安堵感を覚え始めた頃――。

 また、観鈴はやってきた。

 今回は一人だった。
 彼女は開口一番、言った。

「今日はお礼を申し上げに参りました」
 


※この物語はフィクションです。


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