「犯人が逮捕されたのですか」
那智は尋ねながら、観鈴に椅子をすすめた。
「はい。自供を得ました。おそらくもうすぐ記者会見が開かれ、世間にも報道されると思います」
観鈴は椅子に腰かけた。
紗与里はお茶を入れに立った。
ベガが階段のところで、じっと入ってきた観鈴を見ている。
「あなたのおっしゃる通り、事件は娘と母親によるものでした。母親は娘をかばって、偽装工作を手伝ったようです」
その後、観鈴は事件の詳しい経緯を語った。
動機。事件発生時の偶発的な状況。
お茶を出した後、紗与里も自分の席で話を聞いていた。
「そうです。もう一つ、付け加えると、その母娘(おやこ)の住んでいた家の近くに、今はもう使われていない井戸があったそうです」
「井戸が?」
「もうそこは埋もれていますが、近所の人の話ではあったそうです」
「先祖の井戸にいるサマリアの女……か」
紗与里は聞いていて、鳥肌が立った。
あまりにも那智の指摘したキイワードがつながりすぎていた。
「ただ……後味の悪い事件になりました」
「というと?」
「その娘のほうは、今、もう結婚していて、子供もいたのです」
紗与里はその言葉に衝撃を受けた。
「そういうことがあっても不思議はないでしょうね。歳月がたちすぎていますから」
「その今は母親となっている娘を連れて行くとき、彼女の子供が泣き叫んで……」
「あ、あの……小さい子供ですか」
思わず、紗与里も口を挟まずにはおれなかった。同じ子を持つ母として。
「小学校に上がったばかりの男の子でした」
観鈴は少し振り向き、紗与里のほうを見て言った。
「そうなんですか……。なんだか、やりきれないですね」
「これから事件が報道されれば、その子の運命も変わってしまいます。ご主人も」
「たまらない……」
わが身に置き換えてみて、紗与里は暗澹たる気分になった。
自分がもし人を殺し、そして逮捕されたら?
そうしたら翔はどうなるだろう。
そして母は……。
世間から後ろ指をさされ、どのようにして生きていくのだろう。
那智を見ると、彼は無表情にコーヒーを飲んでいた。
いつもの、インスタントのブラック・コーヒーを。
「ともあれ、那智さん、あなたのご助言のおかげで今回の長い事件、ようやく解決を見ました。
被害者も浮かばれると思います。
本当にありがとうございます」
頭を下げる観鈴にも、那智は無感動だった。
普通だったら、「いいえ」とか「とんでもない」とかいうリアクションを予測してしまうのだが、それすらない。
何を考えているのかわからない。
そんな那智に向かって、観鈴は意外なことを言い出した。
「予約もお取りしてないのですが、今日はわたしの鑑定をお願いできませんでしょうか」
「よろしいですよ。今は予約も入っていませんし」
「よかった」
観鈴は笑顔になった。笑うと、宝塚女優みたいな雰囲気が輪をかけて、ぱあっと花が咲くようだ。
少しばかり妬ましさを覚えるほどだ。
「生年月日、それにわかれば出生時間も」
那智に問われ、すらすらと観鈴が答えた。出生時間まで知っている人間が少ないが、あらかじめ調べてきたのだろう。
あるいはすでに知っていたのかもしれない。
彼女はホロスコープの知識を持っていた。
そうして彼女の鑑定が始まった。
紗与里は膨大な顧客ファイルの整理作業を続けながら、しっかりと耳を傾けていた。
鑑定そのものはありきたりなもので仕事や健康、それに家族のことなどだった。
それを聞いていると、どうやら観鈴の家系は、警察関係者が多いらしかった。
父親も警察官僚だという。
観鈴も尊敬する父と同じ道を進み、国家公務員上級試験に合格。
警察庁に入庁した。
つまり世にいう「キャリア組」である。
つまり警察官僚に向かうための人材であり、スタート時点から、一般的な警察官とは階級も違っているのだ(どうりで、三崎刑事が年齢も下の女性にヘコヘコしていたわけである)。
「じゃ、月並みですけど、結婚運を見てもらえますか」
と、最後に観鈴は言った。
「かなり変わったタイプの配偶者を得る可能性がありますね。
離婚する確率もやや高めですが、相手によるでしょうね。
あなたの結婚相手は、天王星という星が表示しています。そうですね、全体の6割から7割が、この天王星の暗示です。
天王星は変化や別離を呼ぶ星でもありますが、もし相手が天王星そのもののような人間であるということも考えられます」
「その場合は離婚率は低くなりますか?」
「ええ。天王星がどのように出るか、という問題ですからね。相手は天王星的な人間であれば、離婚として出る可能性は減ります」
「天王星的な人間とは?」
「風変わりで常識の枠からはみ出している人格、あるいは職などを持っている人物。
天王星そのものは宇宙工学や航空機関係、パイロットや空港職員であるとか、あるいはそういう航空機を使っている産業とか。
宇宙を示すのもの天王星で、プラネタリウム、天文学なども天王星です」
「占星術をお忘れでは?」
「占星術も含まれます」
「結婚の時期はいつになりますでしょう」
「ここ数年以内に結婚される可能性があります」
「出会いの時期は?」
「ちょうど今、太陽と月のトラインが発生していますね。今年の3月から5月……この時期に何か出会いや変化はありませんでしたか」
「今の警察署に赴任しました。そしてこの事件を担当しました」
「職場で誰か良い出会いなどは?」
「おじさんばかりですので。だいたい既婚者です」
「なるほど。しかし、良い出会いにつながる導きの時期ですから、後で何かわかってくることがあるかもしれませんね。職場以外でももちろん可能性がありますので」
「わかりました。期待しておきます」
観鈴は腕時計を確認した。
「そろそろ記者会見が開かれる頃です。わたしも署に戻ります」
観鈴はにっこり笑い、そして礼を言った。料金を紗与里は受け取った。
「たしかに良き出会いだったと思います。また先生、よろしくお願いいたします」
観鈴は去って行った。
彼女を送り出し、お茶を下げながら、紗与里はどうしても確認したくなって尋ねた。
「あの、先生」
「なに」
那智はすでにPCに向かっている。
「太陽と月の……ト、トラインでしたっけ」
「うん」
「それって、先生のホロスコープにも今あるんですか?」
「あるね。まあ、もうアスペクトが弱まってきているところだけど。なぜ?」
「あ、樹子が言っていたんです。だから、バイトの募集をするって」
「なるほど」
「あたしのこと、履歴書も見ずに採用したのは、それがあったからなんですね」
「そう」
本当に変わった人間であることは間違いなかった。
普通、そんなことを基準に行動する人間はいない。
「ということは、先生も良い出会いがある時なんですね」
「そうなるね」
「あの剣持さんもあるということは、お二人ともそれがあるということで……」
「うん」
「そういうことって、あるんですか?」
「僕の人生には、わりとざらにあるね。ただ、一般的には、確率的には非常に低いよ。今問題にしている太陽と月のトラインは、だいたい何年かに一度、三カ月くらいしか生じないものだ。
それがたまたま一致するというのは、相当な偶然だよ」
「そうなんですね。そういうのって、ロマンチックですね」
「まあ、偶然というのはこの世にないけどね」
「? 運命の出会いって、そういうタイミングで起きるものでしょうか」
「かならずそれで出会うわけではない。
一つの有力なパターンには違いないけどね。
ああ、ついでに、コーヒー、入れてきてくれないか」
那智がカップを差し出すので、「はい」と言って、紗与里はそれも一緒に給湯室に運んだ。
一度、カップをきれいに洗って、水を拭き取ってから、新しいインスタント・コーヒーのブラックを作った。
このごろはもう、どの程度の濃さが好みなのかもわかってきた。
カップを那智のデスクに置くと、彼は仕事をしながら、「ありがとう」と言った。
…………
紗与里は自分のデスクに戻った。
そして、仕事を再開した。
ベガが「にゃあ」と鳴きながら、那智の足もとまでやって来て、そしてひらっとデスクの上に飛び上がった。
――『火星の隠された場所』 了
※この物語はフィクションです。
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