海王星で無になれば part.12 |  ZEPHYR

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― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

 状況がよく呑み込めなかったのは孝司の方だった。

 なぜ、ここに広子と史也が……。

 三人の親子は、当然のことながら周囲の関心を引きつけた。

「孝司じゃないか」

 そんな中から、ふいに声が上がった。

 声の主を捜すと、一人のスーツ姿の男が立っていた。

「あ……」

 忘れるはずもない顔だった。

「彰一……」

 中学時代の同級生、須藤彰一だった。

「懐かしいな。えっと、何年か前の同窓会以来だよな」

 須藤は身体を縮めるようにして嗚咽を漏らしている広子を見て、そしてまた孝司を見た。

「たしか、奥さんだったなよな。結婚式の時、お見かけしただけだけど」

「あ、ああ」

 孝司は狼狽した。

「なにか、あったのか」

「ま、まあ。そんな、なんでもないんだ」

 史也がいきなり孝司に抱きついてきた。

「ねえ、お父さん、またいっしょに暮らすんだよね」

 え――?

 孝司は広子を見つめ、しかし、どう言葉をかけていいかわからなかった。

「ごめんなさい、あなた……。あなた一人に押しつけてしまって……家に帰ったこと、もうずっと後悔してて……」

 その言葉と彼女がこぼす涙を見たとき、孝司の心に、一条の光が差し込んだ気がした。
 
 喜びが。

 しかし、周囲の目もある。孝司は広子と史也を促し、銀行の出入り口付近から離れた場所に移動した。

「ごめんなさい、あなた。史也を少し見ててくれない? あたし、すぐに用事を済ませてきますから」

 涙を拭いながら、急に広子は慌てたように言った。

 銀行に入っていく彼女の後ろ姿を見送りながら、孝司は気づいた。

 今日は広子の名前で借りているローンの入金をしておかねばならない日だった。だから、彼女はこの銀行に朝一番で来たのだ。
 しかし、同じ銀行は広子の実家の近くにもあるし、ほかにいくらもある。

 この孝司の家の近くの銀行に来た理由は……。

「なにやら、揉めているみたいだな」と、須藤は言った。

 中学時代、何をするのも一緒だった。

 一番の親友だった男だ。

 しかし、頭のできが違ったし、やりたいことも違っていた。

 孝司は工業系の高校へ進み、須藤は県内で一番の進学校へ。

 その後、大学は東京で、法律を学んでいると聞いていた。

 本当に時々、連絡を取り合うことがあったが、今ではかなり疎遠になっていた。

「浮気でもしたのか」

「よせよ、子供の前で。違うよ」

「おっと、すまん」須藤は耳元でささやいた。「金か?」

 観念した。それにこの親友に、あれこれ嘘をつくのもいやだった。

 うなずいた。

「やっぱりな。取り込んでいるみたいだし、俺も用事があって銀行に来たんだ。後で連絡してくれ」

 彰一は名刺を差し出した。

「ああ……」

 須藤も銀行に入って行った。

 司法書士。

 事務所の連絡先や携帯番号も名刺には入っていた。

 ややあって、広子が入れ替わりで銀行を出てきた。

「振り込みがあったから……」

「ああ……すまない。ずっと振り込んでくれてたんだろ」

 首を振る広子。

「あの……ごめんなさい。あたし、勝手だった。あなたのこともろくに考えず、飛び出して行ってしまって……。一番、辛いのはあなたなのに」

「いや、悪いのはおれだから」

「そんな……」

「いや、本当にそうだ。おれがもっとしっかりしていれば、こんなことにはならかったんだ」

「あたしだって、甘えてた。こんなことになってるとは知らずに、お義父さんやお義母さんに甘えてた。なんとか、なってるんだろうと思ってた」

「ねえねえ、家に帰ろうよ」

 史也が言った。

 夫婦が顔を見合わせ、そして何年かぶりのように笑った。

「そうしようか。寒いし、帰って話そう」



この物語はフィクションです。