「では、まずあなたのお名前と生年月日をお伺いしましょうか」
穏やかな表情と声。
雰囲気に何か、えもいわれぬムードがある老人だった。
孝司はそれを伝えた。
それを聞いて、老人はノートパソコンにデータを打ち込んでいるらしい。
占いなのに、パソコン?
孝司は奇異な感じを受けた。
「生まれた時間はわかりますか?」
老人の問いかけに、一瞬詰まった。が、孝司は先日見た自分のアルバムの写真の下に、そのことが記されていたのを思い出した。
「午前8時30分です」
「生まれたのはこの市ですか」
「そうですね」
老人はパソコンの画面を孝司にも見えるように横向きにした。
思わず身を乗り出す。
ディスプレイには円形の中に、何か複雑んい線が絡み合った図形が表示されていた。
「さて、今日はどういったことを拝見したらよろしいですか」
「ああ、ええと……」
尋ねることなどたった今まで、考えてもいなかった。
いや、そもそもなぜ自分はこの占い小屋の中に座っているのだろうかと、孝司は不審に思った。
ここで出て行くあの女性の涙に、なにかを感じたからだった。
涙を流させ、感謝の言葉を口にさせるほどの何かが、この老人にあるのだろうかと、半信半疑のような期待を持ったからだった。
しかし、普段の自分なら、占いをするなど、絶対にあり得ないことだった。
まあ、いい。
すべては座興だ。死ぬ前に、自分の運命がどのようなものだったのか、確認しておくのも悪くないし、たとえ占い師が的はずれなことを言ったとしても、それはそれで笑える。
「あの、自分がどういう運命を持っているか……とくに今の運勢というか、どういう状態なのかな、と」
「ふむ」
老人はしばらく円形の図面を見つめ、それからパソコンを少し操作した。
すると画面の図形に変化が起き、より複雑なものになった。
「なるほど……」
孝司は次に老人が「今は良い運勢だ」とか言ったら、即座に席を立つつもりだった。
「今のあなたは『消える』ような運勢です」
消える。
たった今、目の前に包丁を突き出されても、これほどぎくりとすることはなかったかもしれない。そんなモノよりも、老人の言葉の方がよほど切れる鋭い刃物だった。
とっさに言葉を返すこともできなかった。
「き、消えるって、それは……」目が泳いだ。「死ぬとか……」
「まあ、そういう形を取ることもあるでしょうね」
あっさりと言った。花が咲く、そして散る。
老人の飄々とした雰囲気は、人の死さえ、そのような感覚でしか捉えていないのではないかと思わせるほどのものだった。
「私は死ぬような運勢なんですか、今」
「かなり大変な運勢であることは間違いありません。ご覧なさい」
老人はディスプレイの図形の一部を指さした。
「これがあなたの出生時の太陽です。現在、この太陽の上に、この外側にある円の海王星が重なっていることはわかりますね」
と言われても、「はあ……」と生返事しかできなかった。図形自体、さっぱり理解できないからだ。
だが、たしか老人の言うように、太陽を表示しているらしき☉マークの外側、同じあたりに♆マークが来ていた。
「海王星はものを『無化』する効果のある星です。雲散霧消、解消、消える。この効果を持つ海王星が、今、あなた自身に強くかかってきています。
太陽は場合によっては、父親を表示することもありますから、父親がこの効果を受けることもありますが」
衝撃で全身が固まった。
「これだけだと、まだそう重大なことは起きないかもしれないのですが、今、リアルタイムで空を回っている冥王星が、この太陽と海王星の重なりの上に、さらに重なっています。これです。わかりますか?」
老人の指先は、さらに外側の円の一部を指した。そこに、♇マークがあった。
「そうなると、どうなるんですか?」
「冥王星は破壊と創造の星、死の星です」
脳梗塞を起こして死にかけた父。
そして今、死を選ぼうとしている自分。
「あなたの人生の中でも、おそらく今は屈指の、厳しい時期です」
この物語はフィクションです。