会社の組織を抜本的に見直して行く計画がある、と溝田社長は告げた。
「実際、いくつかの添付を昨年から閉鎖しているのは知っているだろう。それぐらい経営は厳しい状態なんだ。セルフとか、経営の形態を切り替えていくべきときに来ている。そこで君の今後の身の振り方についても、君自身の意向を聞いておきたかったんだ」
「いや……」声がかすれた。「わたしは、ずっとここで働いていくつもりでしたから」
今こんなときに辞めさせられたら、大変なことになる。
次に仕事を見つけられたとしても、今と同じだけの給与があるとは限らないのだ。
「そうか。それならいいんだが」
溝田は白い歯を見せた。
「いや、つまらんことを聞いてしまったな。もしか、君がもともとやりたかった仕事を移るなら、今なんじゃないかと思ってね」
溝田は孝司の肩を叩き、立ち上がった。
あとになっても、衝撃が胸に残った。
暗に退職、あるいは転職を迫られたような気がしていた。
会社の経営が苦しいのは、みな、知っていることだ。
昨年、売り上げの伸びないスタンドが二店舗、閉鎖になっている。
これからもあるのではないかという危機感は、孝司たち社員なら、感じていることだった。
バイとの高橋への怒りなど、ふっとんでしまった。
うつろな気持ちで就業時間を終え、ちょうど車に乗り込もうとしたときだった。
携帯電話が鳴り始めた。
自宅からだ。
「もしもし」
「あ、孝司かい!」母の声がうわずっていた。「と、父さんが! 父さんが大変なんだよ!」
ぎょっとした。
「父さんが倒れて……」
「倒れた?! どこで?!」
「さっき見たら、庭で……」
「意識はあるのか?!」
「それが、何度呼んでも……」
「救急車は?!」
「よ、呼んだよ、今。もう来ると思うけど」
「すぐに帰る!」
孝司は車に飛び乗り、タイヤを鳴かせてスタートさせた。
とはいえ、勤務先のGSから自宅までは20分はかかる。
家にたどり着いたときには、近所の人間が何人か、家の前でうろついていた。
「あ、孝司君、お父さんが!」
隣の昔なじみのおばさんが、血相を変えて言った。
「知ってます。もう運ばれていったんですね!」
うんうんと大きくうなずく。
「お母さんは救急車にいっしょに乗っていったわ。史也君はうちで預かってるから」
「そうですか……お手数かけて、すみません。どこの病院に行ったんだろう……」
「さあ。あ、でも消防署に電話をかけて聞いてみたら?」
「そうですね。わたしも分かったら出ますので、もうしばらく史也のこと、お願いします」
「はいはい。大丈夫ですよ。史也君のことは任せておいて」
時間的にまだ病院に到着していない可能性もあるだろうと思い、孝司はまず妻の広子に電話をかけた。
広子もすぐに帰るとのことだった。
その後で消防署で確認を取ったところ、搬送先の病院が判明した。
このあたりでもっとも大きな市民病院だった。
「いい子で待ってるんだぞ。お母さんがすぐ帰るからな」
不安げな息子に一声かけてから、孝司は市民病院へ向かった。
運転しながら、最悪の事態もあれこれ想定した。
父の糖尿病はかなりひどくなっていた。
糖尿病は様々な併発症状を起こすことで知られている。今回倒れたというのも、きっと無関係ではないだろう。
市民病院では、母が青い顔をして待っていた。
「あ、孝司……」
母が立っているのオペ室の前だった。
この物語はフィクションです。