「今野先生、ちょっと……」
硬い表情の教頭がやって来て、声をかけるのが目に入った。
今野は隣の席の体育教師と談笑していたのだが、教頭を振り返って、その笑みを固まらせた。
教頭はどこか厳しい、険しい表情をしていたからだ。
「なんでしょうか」
と、今野は立ち上がる。
「ちょっと……」
教頭は繰り返すばかりで、今野を促した。
そして二人は校長室へ消えていった。
麻衣はそれを横目に見ていた。
三ヶ月が過ぎていた。
あの老占星術師によって、殺人を未遂に止められてから。
しかし、麻衣は片時も忘れたことはなかった。
裏切られた。
復讐してやる。
その二つの思いだけが、ぐるぐる頭を巡っていた。
やがてその思いは、どろどろに溶解して、彼女の全身に染み渡った。
その頃、麻衣は授業参観に来て話をしたある主婦から、
「学校裏サイト」
の話を聞いた。
この小学校にも、いつの間にかそんなものができていたらしい。
そこで児童や教師に関する書き込みが行われているという。
小学校でさえ、そんなものが、と驚いたのはつかの間だった。
これだ、と麻衣は思った。
その瞬間、彼女が浮かべた表情を見とがめ、その主婦が
「あの、どうかなさったんですか」
と、怯えたような声を発したほどだった。
今野に復讐する機会、その場。
調べてみると、麻衣の勤める小学校の裏サイトは簡単に見つかった。
携帯電話でもPCでも、閲覧は自由にできた。
麻衣は足が着かないように、インターネットカフェから書き込みを行った。
[N小学校の教師Kは、写真が趣味だが、児童の盗撮を行っている]
繰り返し、そのような主旨の書き込みを、数度にわたって行った。
今野は事実、写真が趣味で、カメラもプロが使うような本格的なものを数機、持っている。
学校行事などでは、記録に残すためもあるが、自ら買って出てカメラマンになっている。
そのためこの偽情報は、妙な説得力を発揮した。
真偽を問う者が多かったが、すぐに尻馬に乗ってくる者もいた。
[女子トイレで盗撮を行っているのを見た]
こんなことは、理性的に考えればあり得ないが、しかし、同時期に世間でも騒がれるような盗撮事件が発生し、それが呼び水になり、このKの盗撮に関する噂は、裏サイトにまたたく間に広がった。
やがて明白なバッシング、攻撃を行うコメントが氾濫した。
いずれ児童の誰かか、その父兄などから連絡が来るのは目に見ていた。
校長室を出てきた今野は、蒼白だった。
足取りもややおぼつかない様子で、自分の机に戻った。
ザマアミロ。
麻衣は心の中で、言葉を投げつけた。
裏切り者の最低野郎。
当然の報いだ。
その思考に反応したかのように、今野はふと麻衣の方を振り返るそぶりを見せた。
麻衣は視線をそらし、そのとき、良いタイミングで隣席の中村が声をかけてきた。
中村は麻衣よりも三年先輩になる。
容姿もいまイチ冴えない。
好みでもない。
が、今、麻衣は中村と付き合っていた。
他愛のない中村からの言葉に、思いっきり笑顔で返す。
傍目から見ても、麻衣が中村のことが好きだと伝わるほどに。
しかし、好きでもなんでもない。
麻衣が今野に対する恨みなどもう抱いておらず、新しい男に夢中なのだと印象づけるため、そうしているだけだ。
身体も与えた。
中村は今野と比較的親しい。
「よく相談を受けるし、飲みに行くこともある」
以前、今野は中村について、そんなことを言っていた。
だから今はすでに、中村の口から今野に、二人が付き合っていることは伝わっているはずなのだ。
すべては計算されていた。
どうせ、男なんて。
どいつもこいつもサイテーだ。
なら利用できるものは、なんでも利用してやる。
今野はその日以来、見るたびにやつれていった。
麻衣は書き込みを行い続け、裏サイトは今野バッシングでヒートアップした。
そのふた月後、今野は学校を休職した。
この物語はフィクションです。