復讐するは冥王星にあり part.6 |  ZEPHYR

 ZEPHYR

ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

「今野先生、ちょっと……」

 硬い表情の教頭がやって来て、声をかけるのが目に入った。
 今野は隣の席の体育教師と談笑していたのだが、教頭を振り返って、その笑みを固まらせた。

 教頭はどこか厳しい、険しい表情をしていたからだ。

「なんでしょうか」
 と、今野は立ち上がる。

「ちょっと……」

 教頭は繰り返すばかりで、今野を促した。
 そして二人は校長室へ消えていった。

 麻衣はそれを横目に見ていた。

 三ヶ月が過ぎていた。
 あの老占星術師によって、殺人を未遂に止められてから。

 しかし、麻衣は片時も忘れたことはなかった。

 裏切られた。
 
 復讐してやる。

 その二つの思いだけが、ぐるぐる頭を巡っていた。
 やがてその思いは、どろどろに溶解して、彼女の全身に染み渡った。

 その頃、麻衣は授業参観に来て話をしたある主婦から、

「学校裏サイト」

 の話を聞いた。

 この小学校にも、いつの間にかそんなものができていたらしい。
 そこで児童や教師に関する書き込みが行われているという。

 小学校でさえ、そんなものが、と驚いたのはつかの間だった。

 これだ、と麻衣は思った。
 その瞬間、彼女が浮かべた表情を見とがめ、その主婦が

「あの、どうかなさったんですか」

 と、怯えたような声を発したほどだった。


 今野に復讐する機会、その場。

 調べてみると、麻衣の勤める小学校の裏サイトは簡単に見つかった。
 携帯電話でもPCでも、閲覧は自由にできた。

 麻衣は足が着かないように、インターネットカフェから書き込みを行った。

[N小学校の教師Kは、写真が趣味だが、児童の盗撮を行っている]

 繰り返し、そのような主旨の書き込みを、数度にわたって行った。

 今野は事実、写真が趣味で、カメラもプロが使うような本格的なものを数機、持っている。

 学校行事などでは、記録に残すためもあるが、自ら買って出てカメラマンになっている。

 そのためこの偽情報は、妙な説得力を発揮した。

 真偽を問う者が多かったが、すぐに尻馬に乗ってくる者もいた。

[女子トイレで盗撮を行っているのを見た]

 こんなことは、理性的に考えればあり得ないが、しかし、同時期に世間でも騒がれるような盗撮事件が発生し、それが呼び水になり、このKの盗撮に関する噂は、裏サイトにまたたく間に広がった。

 やがて明白なバッシング、攻撃を行うコメントが氾濫した。

 いずれ児童の誰かか、その父兄などから連絡が来るのは目に見ていた。


 校長室を出てきた今野は、蒼白だった。

 足取りもややおぼつかない様子で、自分の机に戻った。

 ザマアミロ。

 麻衣は心の中で、言葉を投げつけた。
 裏切り者の最低野郎。

 当然の報いだ。

 その思考に反応したかのように、今野はふと麻衣の方を振り返るそぶりを見せた。
 麻衣は視線をそらし、そのとき、良いタイミングで隣席の中村が声をかけてきた。

 中村は麻衣よりも三年先輩になる。
 容姿もいまイチ冴えない。
 好みでもない。

 が、今、麻衣は中村と付き合っていた。
 
 他愛のない中村からの言葉に、思いっきり笑顔で返す。
 傍目から見ても、麻衣が中村のことが好きだと伝わるほどに。

 しかし、好きでもなんでもない。

 麻衣が今野に対する恨みなどもう抱いておらず、新しい男に夢中なのだと印象づけるため、そうしているだけだ。

 身体も与えた。

 中村は今野と比較的親しい。

「よく相談を受けるし、飲みに行くこともある」
 以前、今野は中村について、そんなことを言っていた。

 だから今はすでに、中村の口から今野に、二人が付き合っていることは伝わっているはずなのだ。

 すべては計算されていた。


 どうせ、男なんて。

 どいつもこいつもサイテーだ。

 なら利用できるものは、なんでも利用してやる。


 今野はその日以来、見るたびにやつれていった。

 麻衣は書き込みを行い続け、裏サイトは今野バッシングでヒートアップした。


 そのふた月後、今野は学校を休職した。


この物語はフィクションです。