復讐するは冥王星にあり part.1 |  ZEPHYR

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ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

満天の一つ星 第二話

復讐するは冥王星にあり


「ありがとうございましたー」

 レジの女性が軽くおじぎするのを尻目に、麻衣は身を翻すようにホームセンターを出て行った。

 手にはペティナイフの入ったビニール袋を下げ。

 車に乗り込んで、ペティナイフのパッケージを開けた。
 刃渡り12㎝。
 細身のナイフはもちろん新品で、軽く触っただけで皮膚が切れそうだった。

 本当はもう少し大きな包丁にしようかと思った。
 が、手の小さな麻衣には扱いにくいと思えたし、ペティナイフならバッグにも入る。
 それに先端の細いペティナイフなら、きっと刃も入りやすい。

 突き刺したときに。

 魅入られたようにそれを見つめ、麻衣はそれをショルダーバッグにハンカチで軽く包んで入れた。

 ――本当にやっちゃうの、あたし……。

 どこか遠くで考えていた。
 他人事のようにどこかで自分を客観視している。

 その一方で押さえようもない感情の塊を抱えた自分がいる。
 心の中でなにか凶暴なものが猛り狂って、喚き、叫び続けている。

 血の涙を流しながら。

 この涙を止めるには。
 少しでも慰めるためには。

 行動を起こすしかないのだ。

 車のエンジンをかけ、走り出させた。

 麻衣は24才。
 市内の小学校で勤務している。

 大学を卒業してから一年、採用されるのに時間がかかってしまったが、去年の春からH小学校で働くことができた。
 
 勤め始めてすぐ、同じ担当学年の教諭、今野と親しくなった。
 今野は九つ年上で、その学年の副主任をしていた。

 はじめての小学校の勤務に緊張していた麻衣の心を、いつもジョークで和らげてくれた。
 年は離れていたが、穏やかで優しい男性だった。

 麻衣はすぐに惹かれていった。
 いや、気づいたときにはもうどっぷり、今野という男性に身も心を奪われてしまっていた。

 同じ職場での恋愛ということになると、なにかと問題視されることが多く、転勤させられる可能性も高くなるため、二人の交際はずっと秘密にされてきた。

 そのままでもよかった。
 このまま何年かたち、自然に自分は今野の奥さんになるのだと信じていた。

 なぜなら、これほど人を好きになったことはなかった。

 だから、今野以外の男性や他の未来など、いっさい考えられなかった。

 なのに……。


 麻衣は車を近くの有料パーキングに駐め、今野の住むマンションに向かった。
 足取りはしっかりしていたが、なにか夢を見ているようなふわふわした心地だった。
 現実感があまりない。
 一方で、心臓がじわじわと高鳴ってきた。

 すぐに今野の住む高層マンションが見えてきた。
 今野の家はかなり裕福で、資産もあるらしかった。
 マンションも親からの援助で買ったものらしい。

 何十回も出入りしているので、エントランスで暗証番号を打ち込んで、中に入った。
 暗証番号は定期的に変更され、住人にだけ知らされる。
 だから、それが変更される前でないと、中に入ることは難しくなる。

 エレベーターに乗って動かそうとすると、一人、住人の主婦らしい女性が駆け込みで入ってきた。

「はあ、ごめんなさいね」
 息を切らしたように言い、そしてじろじろ麻衣のことを見た。

 麻衣は黙って頷いたが、胸の動悸が激しくなった。
 主婦は3階で降り、麻衣は5階まで上がった。

 今野の部屋の前まで行き、チャイムを鳴らした。
 反応がない。その間、自分の心臓の鼓動ばかりを聞いていた気がする。
 
 日曜日である。
 あまり外出しない今野は、普通なら家にいるはずだったが、留主のようだった。

 気配もない。

 麻衣は震える手でルームキイを取り出し、鍵穴に突っ込んだ。

「!」

 回らない。

 何度かガチャガチャやってみたが、ダメだった。
 錠が交換されていた。

 ――部屋の鍵、返してくれないかな。

 ――いやよ! 返すもんですか。

 三日前のやりとりだった。

 今野はさっさとロック自体をチェンジしてしまったようだった。

 これでは部屋の中で待ち伏せることもできない。
 それが理想だったのだが。

 部屋の前で待っていても、他の住人の目に付き、不審を買うだろう。

 どうする?

 とにかく、マンションの外で待っているしかなさそうだった。
 今野が帰宅するのを。

 マンションの駐車場に今野の車はあったから、おそらくどこか近い場所に買い物にでも行っているのだ。

 麻衣はマンションを出て、しばらく街角で佇んでいた。
 そこでそうして一時間ほど過ごした。
 辛抱強く。

 しかし、今野が帰宅する様子はない。
 部屋に明かりがつくこともない。

 このままずっと待ち伏せていると、人目にも付く。
 いや、すでにかなりの人間に見られている。

 どうしよう……。

 麻衣の目の前に、小さなプレハブ小屋があった。

 市の中心街に近いのに、なにやら不似合いな小屋だった。
 そこから女性が一人、出てくるところだった。

 彼女は泣いていた。
 それを拭いながら、送りに出てきた老人に向かって何度も頭を下げていた。

 老人は柔和な笑みを浮かべていた。

 女性が去っていく。

 ドアのところに、無愛想に「占い」という札がかけられていた。
 ほかにはなにも宣伝するようなものはない。

 ふっと麻衣は、そのドアの向こう側に引き寄せられる自分を感じた。
 理由はないが、なにかそれは強い力だった。

 自分の運命が知りたかった。
 そんな気持ちが勃然と湧いた。

 それにここで時間を潰し、あらためて今野のところへ行くという手もあるだろう。

 そのように理由付けし、麻衣はそのプレハブ小屋のドアを叩いた。

「すみません」

「はい」

 返事があったので、少しドアを開けて中を覗いた。

 老人が飲み物のカップを片づけているところだった。

「ここ、占いしてくださるんですよね」

「はい」

「これからできますか」

「よろしいですよ。今片づけましたから、さあ、どうぞ」

 白髭と白髪の老人だった。

「おじゃまします……」

 麻衣は老人の前に腰掛けた。


 
この物語はフィクションです。

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