土星の育み part.9 |  ZEPHYR

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ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

 寂しい。

 その言葉は、一見ナンセンスに思えた。
 しかし、笑おうとして育美は笑えなかった。

 なにか喉につっかえたみたいになり、そして胸のどこかでストンと落ちるものがあった。

「そう…かもしれません」

「思い当たることが?」
 ちょっと老占星術師は顔を覗き込むようにした。

「あの人は母親がいないんです。
 両親が離婚して、もうずっと会っていないようなことを言っていました」

「この建彦さんのチャートを拝見すると、太陽と月は同じ星座。
 対向する星座に土星があり、太陽と月に対立する構造になっています」

「土星は逆境の星だと仰いましたよね」

「ええ。だから、この方も人生上、苦しみと感じることには遭遇しやすい。
 ご両親の問題もそうなのでしょう。
 土星にはいろいろな意味合いがありますが、『孤独』という意味もあります。
 この土星は、あなたのとは違って、太陽や月に直接的に強い抑圧をかけているように見えます。
 つまり、彼はきわめてストレートに、真正面から土星と向き合った人生を歩む。

 これは厳しいことも起きやすいし、辛いことも多い。
 星と星の関係をアスペクトというのですが、こういったハードなアスペクトを持っていたら、かならず不幸になるとか、そういうことはありません。
 しかし、その中で受け止め方を間違えてしまうと、非常に難しい人間としてねじけてしまうこともあります。

 土星の加えてくる圧力に猛反発して、過激な行動に出る。
 これが彼のチャートの中での火星なのです。
 自分を苦しめるもの、抑圧するもの、孤独に追いやろうとするもの、それに対抗して彼はもう一つの目立った行動原理である火星の、怒り、攻撃、暴力といったもので応じているのです」

「だから、彼は子供を手放そうとしないのですね」

「そうだと思います」
 老人は半ば目を閉じるように頷いた。
「私は土星に非常に強い影響を受けている人のホロスコープを、今までにも何度も見てきました。
 いや、何十、何百と。
 その中には、自ら好んで孤独になっているような人もいれば、誰にも理解されず孤独になっていくような行動を取っている人もいました。
 また孤独になることを心底恐れ、異常なくらい人間関係に執着するケースもありました」

 まるで、だだっ子のようだ。

 育美はこれまでにも、何度も建彦にそんなふうに感じたことがあった。
 幼稚で、自分の思うようにならないと喚き散らしてだだをこねる子供のようだと。

 その印象の大本を、今、老占星術師が解き明かしてくれているのを感じた。

「あ、あたしはどうすればいいのですか」

 問題はそれだった。

「まず彼が子供を手放そうとしないのは、この孤独への恐怖から出ている行動だと理解することです」

「恐怖……」

「そうです。彼は一見、怒ってばかりいるように思えますが、実際には恐怖感から行動しています」

「なんだか、可哀想ですね……」

 それはこれまで育美が、建彦に対して一度も抱いたことのない印象だった。

「でもね、それはあなたも同じじゃありませんか?」

 意外な言葉を言われ、育美は顔を上げた。

「あなたと建彦さんは同じタイプの人間です」

 同じなどといきなり言われていたら、きっと育美は反撥したに違いない。

≪あんなやつと一緒にしないでよ!≫と。

 しかし、今は老占星術師の言葉を受け入れるだけの下地ができていた。

「それは……土星が強いということですね」

「それだけではないでしょう。
 こちらから質問させてください。

 あなたのご家庭はどうですか?
 ご両親はご健在ですか?
 なにか、お父さんとかに問題はありませんか?」

 老人の言葉は柔らかだったが、中身は鋭い刃物を突きつけられるようだった。
 育美は絶句し、息を呑んでいた。

「……な、なんでそんなことが……」

「あなたの太陽は12ハウスという場所にあります。
 ここに太陽や月を持つ人は、かなりの割合で両親のどちらかを欠いていたり、ご両親との関係が疎遠であったり不調であったりしやすい。
 出方は個人でさまざまですが、12ハウスは基本的に『世間から隠れた』部屋なのです。
 基本的に消えるという現象が、その人の人生の中で起きやすい……」

 消える。

 鳥肌が立っていた。

「父は……」
 口を開くと同時に、わっと感情の高波が襲ってきた。
 涙が目の中にいっぱい溢れてきて、そして頬を伝って落ちた。
「父はいません。……失踪しました」

「あなたの家に今、お父さんはいないのですね」

 頷く。すると、堰を切ったように涙がこぼれ落ちた。

「あたしが高校を卒業する直前、い……いなくなりました。
 そのときやっていた仕事がうまく行かなくなって、資金繰りとかに悩んで……。

 あ、あたし、お父さんが大好きだった!
 それなのに、あの日、あたしはお父さんにすげなくして、最後に……」

 はあ、と大きく息を継がねば、語り続けられない。
 嗚咽が湧いてきて、言葉がしどろもどろになる。

「最後に言った言葉が、『あっちへ行って。鬱陶しい』って……それっきりになっちゃった!

 あんなこと言わなきゃ良かった!

 ずっと後悔してて……。
 でも、お父さんは帰ってきてくれない」

 荒尾のことが脳裏をよぎった。

「みんな、みんな、お父さんみたいにあたしの前からいなくなっちゃうの!」

この物語はフィクションです。

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