土星の育み part.6 |  ZEPHYR

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ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

 助けて、の叫びで目が覚めた。
 パチンとスイッチが入るように、蒼白だった世界に色彩と実感が戻ってきた。

「どうしたの、早紀! なにかあったの!」

 育美は携帯電話を握りしめ、問いかけた。

「お父さんが……お父さんが……」

「お父さんがどうかしたのっ?」

「あのひとを殴って、怪我させたの。いっぱい血が出てて……」

 あのひと、というのは、建彦が家に連れ込んでいる女のことだ。
 子供の怯え方が尋常ではない。
 先日の「助けて」コールとは、危機感が違っていた。

「早紀! 有紀を連れて交番に行きなさい! こないだ教えたよね、近くの交番」

「うん……うん」

「お母さんもすぐに行くから、交番で待ってるのよ!」

「うん……わかった」

 涙声で健気に応える娘。
 このとき育美は、初めて強く感じた。

≪この子たちを守ってやらなきゃ≫

 家を飛び出し、車を走らせた。
 
 今までにも何度も、建彦とは子供のことでやり合ってきた。
 しかし、育美はどこか逃げていた。
 そもそもすぐに逆上する建彦と話すこと自体が嫌だった。
 育美はもともと理非曲直が通っていないと気が済まないような、厳しい性格だった。

≪そういや、これもあのジイサンに言われたっけ≫

 ――土星が非常に強いあなた。これが性格面で出ると、あまりにもまじめになり過ぎて、融通が利かない面が出てきます。
 まあ、堅物になってしまうってことです。

 しかし、いかに育美が理屈を言っても、逆ギレする建彦には通用しないのだ。

 どうせ、言っても分かりゃしない。

 そう思うと、話すのも億劫だった。
 それに――。

≪あたしは、ひどい母親だ≫

 育美は夜の町に車を走らせながら、ふっと痛感した。

 建彦と離婚することができたとき、育美はもうこれで自由だと思った。
 心のどこかで、子供たちも建彦に押しつけてしまって、それでよしと考える自分がいた。

 もちろんすべてではない。
 子供たちのことは常に気がかりだった。
 だけど、このまま平穏におさまってくれるなら、子供たちと別れてしまっても、それぞれの人生があるだろうとも考えていた。
 だけど、運命は育美に子供たちを突き放してしまうことを許さなかった。
 
 ことあるごとに、子供たちは育美に助けを求め、建彦は子供たちの日常生活や学校との関わりの中で、いい加減なことをしでかし、そのたびにおはちが回ってきた。

≪あたしには母親としての情があまりない≫

 他の母親が、我が子を抱いて、本当に可愛くてしかたないという表情を浮かべているのを見て、育美はそんな感情が自分にはあまり湧いてこないのに気づいていた。
 出産して、我が子を抱いているときでさえそうだった。

≪そんな母親だったから、子供たちのために一生懸命になれなかったんだ≫

 ごめん。

 
 交番に到着すると、泣きはらした姉妹が育美を待っていた。
 9才の早紀と7才の有紀。
 二人は車を降りた育美に飛びつくように寄ってきた。
 安心したのか、わあわあ声を上げて泣き出す。身体が震えている。
 よほど怖かったのだろう。


 警官は育美を見ると、すぐに姉妹の母親だと認識してくれた。
 つい先日も警察を呼ぶような騒動になり、育美が駆けつけていたからだ。

「どうなさいます? 向こうの家には他の警官が行っているんですが、まだおさまっていないようで」

「この子たちは連れて帰ります」
 断固として育美は言った。

「大丈夫ですか?」

 事情を知っている警官は念を押すように言った。
 親権のない育美は、法律上の立場は他人に近い。
 もめ事になるかも知れないが、警察は民事不介入だ。いつのときも、歯がゆいほどに。

「こんな怯えている子供を放って帰れません」

 育美の剣幕に、警官は黙って頷いた。

「旦那さんのほうには、今夜はあなたが引き取っていったとお伝えしておきますから」

「も・と! 元・旦那です」
 警官を睨む目から、稲妻がほとばしりそうだった。

「元旦那さんに」

「それで結構です」

 育美は車に子供たちを乗せ、すぐに走り出させようとした。

 が、エンジンをかけたところで目の前に肥った男が躍り出てきて、ボンネットを拳で叩いた。
 そして、ケモノのような声で吼えた。

「おらあ! なにやっとんじゃあ!」

 建彦だった。
 どうやら交番に子供たちを迎えに来たらしい。
 反射的に育美はドアをロックした。

「このクソ女!! 子供、どこへ連れて行きやがる!」

 後部座席で姉妹が泣き出した。

「家に連れ帰るのよ!」

 ほんのわずかにウインドウを開け、育美はきつい声で返した。
 が、語尾が震えた。
 ハンドルに置いた手も震え出す。
 怖いのだ。
 この理非の通用しない猛獣のような男が。

「ああ?! 家?! おんどれはあほたれか! この子らの家は、おれの家(うち)じゃねえか、ボケ!!」

「あんたみたいな男の家に帰せるもんですか!」

「うるっせえ、クソ女! さっさと開けて、子供出せ! 出せ言っとるだろうが!」

 火のついたように姉妹が泣く。
 震えながら、育美は気力を奮い起こした。

「いや。絶対に渡さない!」

「なんじゃ、くおらあ!! おんどれ、絞め殺すぞ!」

 その言葉が出たところで、警官が押しとどめに入った。
 建彦の背後には、彼に殴られたらしい愛人だか、恋人だか、後妻候補だかがいた。
 頬にアザができており、鼻や口元には血の跡が付いていた。

 こんな男のどこが良くてくっついているんだろう。

 そう思った直後、後から駆けつけた警官との間で問答になった建彦の身体が、車から離れた。

 育美はアクセルを踏み込んだ。

 近所中に響き渡るような建彦の怒声が、あっという間に遠くなった。

 心臓が胸の中でバクバクいっていた。

 姉妹の泣き声にかぶせるように育美は言った。
「大丈夫。お母さん、守るから」


この物語はフィクションです。

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