土星の育み part.4 |  ZEPHYR

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ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

「子供を取り戻す?」
 育美は少なからず面食らい、戸惑った。
「そんなの無理です。親権は向こうが持っているし、絶対に手放さないと思います」

「そうでしょうねえ。
 でも、そうしなければ、あなたは満たされぬ器のまま人生を終えてしまう可能性もありますよ」

「満たされぬ器?」
 それはなにか胸に迫る言葉だった。
 今の育美そのものを言い表しているように思えた。
「どういうことでしょうか?」

「土星というのは逆境や試練を持ってくるために凶星の代表選手みたいに思われていますが、実際にはこの星がないと人は成長しません。
 ほら、筋トレを考えてもらったら分かりやすいと思います。
 とくに筋肉を増強しようとしなければ、日常生活を送っていれば最低限の筋肉は維持されます。
 しかし、もっと力を強くしようとしたら、走ったり泳いだり、なにかを持ち上げたり、筋肉に負荷をかけないといけません。ある程度の期間持続的にね。
 それと同じです。
 土星は何らかの克服しなければならない困難な事態を持ってくることで、その人を成長させるものなのです。
 あなたの場合、それが5ハウスにある。ここですね」

 老占星術師はパソコンの画面をまた指さした。

「5ハウスというのはなんですか」

「子供、恋愛、娯楽、投機などといった意味がある部屋です。
 ここに土星を持っている以上、あなたはこれらに関わることで苦労や困難に直面しますが、それがあなたを成長させる重要なファクターになるということです」

「だから、子供をということですか?」

「そうです」

 育美には、二人の子供を自分のところへ引き取れるという未来はまったく考えられなかった。
 建彦が絶対に手放さないと考えていたからだ。
 彼は子供のことを十分に面倒見ていない。学校のこともそうだし、日常のこともそうだ。
 今は新しい女性を家に入れている。結婚するのかどうか分からないが、子供たちへの影響もある。
 だから、育美が引き取る話はこれまでにも何度か切り出したことがあるのだ。
 しかし、建彦はその話になると、いつものようにすぐにキレてしまい、まともな話し合いができないのだ。
 最後にはかならず「おまえが勝手に出ていったんだ。子供のことをどうこう言う権利はまえにはねえんだ」という罵声が繰り返される。
 もううんざりしていた。

「5ハウスは恋愛ということも言われてましたけど、子供ではなくて恋愛ということはないんですか」
 育美はどちらかというと、その恋愛のことを聞きたかったのだ。
 別れた荒尾のこと、よりが戻る可能性はないのかとか。

「お尋ねしますが、恋愛というのはずっと続くものですか?」

 思わぬ逆襲を受けた。
「いや、まあ、長続きするものもあると思いますけど……」

「恋愛感情というのはどこかで冷めますよね。安定期に入って結婚する人もいますし、そこで別れてしまうケースもある。
 あなたのチャートで、土星というのは非常に影響力が強いのですが、これを恋愛ということで使ってしまうと、あなたは生涯いろんな男性との関係の中で恋愛をし続け、それに悩み続けないといけないかも知れません。
 それはあなたにとって幸せですか?」

「いえ……。じゃ、恋愛はあきらめろっていうことですか」

「そういうわけではありません。
 たしかにあなたの場合、ある恋愛関係があなた自身の成長を促すことがあると思われます。
 しかし、それを主題にしてしまうと、あなたは苦しい人生になってしまうでしょう」

「別れた彼氏のことを知りたいんです。
 彼とこの後どうなるのか、とか」

「ふむ……」
 老占星術師はパソコン画面に、荒尾のホロスコープを呼び出し、育美のそれと比べていた。なにやら画面は急に複雑になったり、特定のものが移動したりしていた。
 見ていても、なにがなんやら分からない。

「あなたと彼の関係は、もう終わっています」

 ショックだった。
 その後、しばらく老占星術師と話をしたが、結論的には「子供」だった。
 そしてこうも言われた。

「あなたのように土星が非常に強いタイプの人は、対人関係でも厳しい態度に出ることがよくあります。
 注意なさることです」

 その通りだった。
 根本的にはすべて、そういったことが関係していた。
 荒尾とのことも、元旦那とのことも、子供との関係も。
 育美はいつも周囲に非常に手厳しい態度に出て、やりこめてしまうことが多かった。
 気分が荒れたら言いたい放題言い放って、気が済んだらけろっとしている。
 これが通用しなかったのが建彦で、彼は頭ごなしに怒鳴り、喚くことで、育美を圧倒してしまった。
 しかし、荒尾はそうではなかった。

「もう勘弁してほしい。悪いけど、もう君とはやっていけない」

 これは、育美との付き合いにうんざりし、疲れてしまっての言葉だった。

 次の予約の鑑定希望者が来て、育美は席を明け渡した。
 老占星術師の小屋を出て、みじめさがこみ上げてきて、目頭が熱くなった。
 自然と涙がこぼれてきた。

 自分はダメだ。
 ダメな星の下に生まれた、ダメな女だ。

 泣きながらずいぶんと歩いた。
 そして涙を拭い、空を仰いだ。
 すでに夜のとばりが濃くなっている空に、ひときわ大きく輝く星があった。

 ――ちょうど今頃だと、夕暮れ後にすぐ中天に輝く星があります。それが土星ですよ。

 小屋を出るとき、老人はそんなことも教えてくれた。
 それが中天に見えていた。

「バッキャロー……」
 自然と口から出た。
「バッキャロー! スカした輪っかなんかつけやがって! おまえなんか大嫌いだ!」

 次に怒りは、老占星術師に向けられた。

 あのクソジジイ。
 言いたい放題言いやがって。

「バッキャロー!」

 涙が止まらなかった。

「バッキャロー……バッキャロー……」

 だけど。
 一番のバッキャローは、育美だった。


この物語はフィクションです。

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