老人は穏やかに話し始めた。
「はい」
「それは、これ、太陽☉が山羊座♑にあることを言います」
育美は老人が指さすパソコン画面を食い入るように見た。
たしかに☉が♑という星座エリアにある。
「12星座占いの何々座というのは、要するに太陽の入っている星座のことを言うんです」
ほう。初めて知った。
12星座占いなんて、毎朝の占いでもやっているのでありふれた感覚だが、そういう意味だったのか。
「太陽は1日に約1度ずつ進んでいき、一年で元の場所に戻ります。ほぼね。
一つの星座は30度エリアと決まっています。
だから何月何日から何月何日は、何々座という区切りができるんです。
太陽に関してはね」
なるほどー。
感心する育美。
「ところが、他の天体は太陽のようにきっちり区切りのいい軌道や速度を持っていません。
これはあくまでも地球を中心にしてみた宇宙の図ですから、地球の運行との相対関係で早まったり遅くなったり、また星座の中をバックすることもあります」
「バ、バック?」
「もちろん天体は同じ方向へぐるぐる回っているので、星が軌道をバックするなんてことはありません。
ただ、たとえば車に乗っていて、前を走っている車を追い抜いていくとき、その車が相対的に後ろへ下がっていくように見えるでしょう?」
「ああ、はい」
「それと同じです。地球との相対関係で、見かけ上、星座の中を星がバックすることがある。
たとえばあなたの図では、土星♄。
これがバックしています。正確には逆行というのですが。
あなたの人生はこの土星が、非常に大きな部分を握っていますが、まあ、それはおいおい説明します。
ホロスコープは12星座の中にある、太陽系の天体の位置を表示したものだとご理解頂けましたか」
「はい」
神妙に頷く。老人の話は理路整然としていて、分かりやすかった。
「ざっくり眺めたとき、あなたのホロスコープでは大半の星が天秤座♎から山羊座♑のエリアに偏っています。わかりますね」
「はい」
「それに対して、一個だけ離れた場所、ほぼ反対側に土星が位置しています。
バスケット型といいまして、こういうタイプのホロスコープでは、一個だけ離れている星が、その人の人生のかなり大きな部分を握ってしまう、舵取りをしてしまうと考えられます。
あなたの場合、それが土星だということになります」
「土星が舵取りするとどういうふうになるんですか」
「土星は基本的に、『逆境』『試練』を持ってくる星です」
「…………」
「人生に困難に感じることが増えます。
自分の思うように、なかなか前に進まない。
それどころか、いろいろな抑圧や束縛を受けることも多い」
≪当たっている≫
と、育美は思った。
自分は常にそういうことを感じてきたし、現に今がそうだ。
「この土星の抑圧に対して、あなたは常に『自由になりたい』『抜け出したい』と思うようになります。
たとえば家から、たとえば抑圧的な夫から」
正直このとき、寒気がした。
老人の指摘はすべてリアルに的中していたのだ。
育美は非常に反抗的な部分が強く、結婚も周囲の反対を押し切ってした。
家を出たかった、というのが、そのときの動機として非常に強かった。
そう思うようになったのには、家庭内の事情もいくつかある。
しかし、結果はご覧の通りだった。
結婚後、夫が育美の抑圧者となった。
そこから逃げ出したいと、毎日毎日願うようになった。
「なぜ、そんな断定ができるんですか」
育美は内心で衝撃を受けながら、試すように老人に質問した。
素直に認めるのが癪だったし、まだまだこの老占星術師のことを認めてしまうのは早計に思えた。
「この基本的なホロスコープ・チャートで天体は10個あります。
そのうち5個まで、あなたは射手座にあります。
射手座は自由の星座です。月もここにある以上、あなたは気質的に射手座の自由奔放な部分も持っているはずです。
まして――」
まして?!
多少イラッとしつつ、老人の言葉を待つ。
「あなたの出生時の東の地平線をアセンダントといいますが、これですね、ASCとあるでしょう。
これは水瓶座の2度にありますが、このサビアンシンボルが『海軍の脱走兵』というものでして、これが自分の生まれの環境や何らかの拘束状態から脱して行こうとする働きをするものなのです。
アセンダントはその人の、この世でのありように深く関わっています。
あなたは何かから自由になりたい、逃れたいという傾向の人生を辿りやすい」
絶句した。
「もちろん、私は決して断定しているわけではありませんよ。
このような傾向を持ちやすいというだけです。
可能性の一つで、また別な出方をすることもあるでしょう。
ただ、私が確定的に申し上げられるのは、あなたの人生は一にも二にも、土星といかに付き合っていくか、そこにテーマがあるというということです」
「土星と付き合っていく?」
「そう。土星から逃げ出したい、自由になりたいと、あなたは切実に願うかも知れない。
それでも、土星と縁は切れない。
だから、土星と向き合って生きて行く必要があります」
「ど、土星とって、じゃ、具体的にどうすればいいんですか」
老占星術師はにっこり笑って言った。
「お子さんを取り戻しなさい」
この物語はフィクションです。
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