育美は中にいる人物を見て、ちょっとたじろいだ。
もう80近いのではないか?
それほどに見える総白髪と白髭を持つ老人だった。
といっても、あまり衰えた印象ではない。なにかしら強さを感じさせる雰囲気を持っていた。
威圧的でない、ふわっとした強さだ。
「あ、こんにちは。よろしくお願いします」
「まあ、どうぞ。かけてください」
言われるままに椅子に腰掛ける。座り心地のいい、木の椅子だった。
老人とは机を挟んで、対面する格好となった。
周囲を見まわす。プレハブの安っぽい小屋で、中には最小限度のものしかない。
「では、早速始めましょうか。お名前と生年月日をお教え願いましょうか」
そう言いながら、老人は自分の前にあったノートパソコンを開いた。
え?
最初から違和感はあったのだ。育美の先入観の中で、この高齢の人物とパソコンというのが、あまりつながりにくかったのもあるが、なによりも―――
「あの、パソコンを使って占いをするんですか」
「そうですよ」
「は、はあ」
ネットの占いサイトなら、育美もよく(会社のPCから)覗いている。
よもや、そんな占いをしようというのではないだろうな……。
もしそうだったら、とんだ期待はずれだ。
椅子を蹴って出て行ってやろうと思う。
育美は自分の姓名と生年月日を告げた。
老人はパソコンのキイを叩き、入力していく。
「生まれた時間は分かりましたか」
「はい」
メールのやりとりで事前に「必要だ」と知らされていたので、母子手帳を見て調べてきていた。
「ふむ……なるほど」
老人はディスプレイを見て、なにやら納得していた。
「さて、育美さん、なかなかいいお名前ですね。はぐみ」
「ありがとうございます。父がつけてくれた名前です」
「さて、今日はどういったことを見たらよろしいでしょうか」
「あの……じつは彼氏から別れを告げられて……あと、あたし、バツイチなんですが、離婚した夫のところに子供を残してきているんです。
子供のことが心配で」
「ははあ、なるほど」
老人は微妙に嬉しそうな表情を浮かべた。
育美の不審感が、自分の中にある苛立ち、怒りといったものに導火線で結ばれた。
≪コラコラ、何が嬉しいんだ、ジイサン≫
育美は、自慢ではないが、短気である。会社でも「怖い人」で通っている。
「では、その別れたご主人とお子さんたちの生年月日、分かれば出生時間もお教え願えますか。
それに彼氏のもね」
育美はそれを告げた。建彦や付き合っていた荒尾の出生時間など、さすがに分からないが、子供たちのは覚えていた。
「はあ~、なるほどねえ」
≪オイ、コラ、ジイサン。
なに感心しとんねん

「いや~、まあ……」
老人は両手を机の上に置き、
「おめでとうございます!」
と、いきなり告げた。
「はあ?」
しばらく虚脱したような間があった。
導火線に火がついて、じわ~っと爆薬に届くまでの時間だった。
「なにがおめでたいんですかっ!
あたしはね、結婚に失敗して、子供のことで悩んでいて、おまけに彼氏には振られたんですよ!
いったい、どこがめでたいって言うんですか!」
一挙に爆発した。
まだ初対面の、しかも相手が老人だったから、怒りは抑制されたものだった。
これがよく知っている人間に言われたのなら、ブチ切れていたに違いない。
「おめでたいじゃないですか。
まずは離婚。
よかったですね、離婚できて」
うん、と言葉に詰まった。
「離婚はあなたにとって、めでたくないですか」
「そ、それは……たしかに、そうでしたけど」
「旦那さんの下から逃げ出せて、嬉しかったんじゃないですか」
「は、はい」
≪なんだなんだ、 このジイサン。
まだろくに事情を話していないのに……≫
「あなたの人生は、すべて星々の運行のように正確に実現されてきています。
これもまた、めでたい。
たとえ今、とても不幸に感じられるとしてもね」
「どういうことですか」
育美の中で、立ち上がっていた怒りが急速に萎えしぼんだ。
かわりに興味が湧いてきた。
「まあ、これからお話ししましょう」
老人はパソコンの画面を横向きにし、お互いに見える位置に置いた。
育美は椅子を動かして、見やすい位置と角度に変えた。
「これが、育美さんのホロスコープ・チャートというものです」
「ホロスコープ……」
「そう。今までにご覧になったことは?」
「ないです」
「そうですか。昔はね、この一枚の図面を正確に書くためには、電卓で計算したりして、まあ、30分はかかったものです。
今ではこうしたソフトがあるので、入力さえすれば一瞬で表示されます。
まったく便利な世の中になったものです」
あ、それでパソコンなのか。
円形の図面に、どこかで見覚えのある星座のマークが配置され、その中にやはり見覚えのある♂とか♀とか、マークがちりばめられている。
「これは12星座のどこに、太陽や月、他の惑星があったか、地球を中心にして見たものです。
それもあなたが生まれた瞬間のものです。
あなたの出生時の宇宙の様子。
これからこれを解読していきましょう。
ここに、あなたの運命のひな形が記されているからです」
パソコン画面の中にある宇宙。
育美の目と心は、その中へ強く引きつけられていった。
この物語はフィクションです。
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