「なにぬかしとんじゃ、どアホ!
どうしても別れたいいうて、勝手に出て行ったのは、オメーじゃねえか。
今さら子供がどうのこうの言う権利はねえんだよ!」
「もう勘弁してほしい。悪いけど、もう君とはやっていけない」
……最悪の一週間だった。
離婚した夫と子供のことで大喧嘩し、ここ二年間付き合っていた男性からは別れを突きつけられた。
育美(はぐみ)は37才。
離婚が成立してまる三年が経過している。
彼女の結婚生活は、たとえていうなら猛獣と一緒に檻に入れられたようなものだった。
暴力こそ目立ったものはなかった。
が、夫・建彦(たけひこ)は異常なほど独占欲が強く、しかも理非曲直というものがまったくなかった。
言葉の暴力。
罵声、怒声、そしてメールや電話。
毎日、仕事先にまで電話やメールをし続け、電話に出ない、メールに返信をしないなどすると、育美が反応を返すまで執拗にコールを続けた。
携帯電話に着信があるたび、建彦からのものではないかと恐れ、そうだと分かると携帯を持つ手が震えた。おさえようもなく震え、呼吸困難になるほどだった。
育美は生来、反抗的なところが強い性格だった。
押さえつけられると、当然、反撥行動に出た。
最初は怒鳴り声には怒鳴って返していた。
が、相手のものすごい剣幕に、正直、勝てなかった。
そこで無視や外出といった行動で、相手をかわすように切り替えた。
すると、よけいに建彦の異常さは目立つようになった。
もちろん最初から仲が悪かったわけではない。
二人の女の子を授かった。
しかし、二人目が宿った頃から建彦との仲は険悪なものへ変わっていった。
逃げ出したい。
あまりにも異常な毎日に、育美はそのことばかりを考えるようになった。
そう思えば思うほど、建彦の異常行動は度を増してきた。
あるとき、とうとう、育美の母親の助力もあって、離婚を成立させることができた。
そして、育美はあの猛獣のような男の下へ、二人の姉妹を残してきてしまったのだ。
……とてつもない後悔。
育美は、肺の中から空気が搾りつくされるような、長いため息をついた。
「どうしたの、育美ちゃん」
会社の社員食堂で、同僚の小田美幸が声をかけてくる。
育美の前には、サンドイッチとジュースがあったが、最初の一口だけで、まったく食が進まない。
「どうもこうもないわ……」
育美はこの一週間の間に起きた出来事を、かいつまんで話した。
建彦との険悪な関係を熟知している美幸は、それにはまったく驚きもしなかったが、
「うそ。荒尾さんと終わっちゃったの?」
恋人との別れには衝撃を受けたようだった。
「なにもかもうまくいかない。何をやってもダメ……。
昨日もね、早紀から電話があったの。
『お母さん、助けて』って」
早紀は上の娘だ。
「べつに娘たちに暴力を働いたわけじゃないけど、ほら、あいつ、新しい女を家に入れてるでしょ。
彼女と大喧嘩になって、喚き散らして、あまりにもそれがひどいので近所の人が来たら、逆上してしまって、よけいにひどいことになったみたい。
駆けつけたときには、警察まで来て、わあわあやってた」
「そうなの……」
美幸も眉根を寄せる。
「あたし、サイテーだ。
あんな男のところに、子供たち残してきてしまった。
自分が逃げ出すことしか考えてなかった」
「うーん。
でもねえ、実際、あのまんまじゃ、育美が壊れてたよ」
「そうだけど……。
あー、どうしたらいいんだろう」
頬杖をついていた美幸は、ふとそれを外して、
「ねえ、占いしてもらったら?」
「はん? 占い?」
育美はそういったことに興味がないわけではないが、この現実を前に「占い」など、まったく役に立たないもののように思えた。
「よく当たる占い師がいるんだって。
友達がやってもらって、すごかったって。
いっぺん、見てもらったら?」
「ふうん」
「ええとね、これがその人のアドレスだって」
と、携帯電話のメールフォルダのデータを見せる。
「メールで予約して、その場所に行ったらいいんだって。
今度行こうと思って、教えてもらってたの」
「うーん……」
あまり気乗りはしなかった。
が、翌日は会社の公休だった。
美幸が熱心に勧めることもあって、そして、なぜだろうか。
育美もふいに気が変わって、その占い師にメールを送ってみる気になった。
とくに理由はない。
〈知り合いに聞きました。見てもらいたいのですが、大丈夫でしょうか〉
〈はい。大丈夫です。以下の日と時間が空いております。ご都合の良い時をお知らせください〉
そうやって育美は、はじめてその「占い師」に出会った。
翌日。
育美は指定された場所にある小さなプレハブ小屋を訪ねた。
窓のところに、「営業中」という看板がかかっている。
占いに関する文字もなく、「本当にここなのか」と思うほど無愛想だった。
「あのー、こんにちはー」
「どうぞ」
ドアを開くと、その占い師が待っていた。
この物語はフィクションです。
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