<サービスとは?2>
の続編です。
先日のディナーのこと。
私はM君と共に仕事に入りました。
予約件数は少なく、予約客であるAさんがやって来られました。2名。中年の男女です。
とても気さくな感じの男性で、最初に席にご案内したときに、
「こちらとのコミュニケーションを望まれている方かな」
と感じました。
私がドリンクなどお伺いする流れになったのですが、真っ先に感じることが。
お二人のご様子から今日のこの日をとても楽しみに来られたことが伝わってきます。
特別な時を二人で過ごそうとされている。
それを今、楽しんでいる。
「自分たちはウエイター(待つ人)なのだから、お客様から話かけられるまで待て」と教育されていたM君。
しかし、私はまったく真逆の考えです。
こちらからコミュニケーションを取らなければ、お客様が話しかけやすい雰囲気も作れない。
だからこそ、積極的な会話が必要なのです(押しつけがましくならない程度の)。
Aさんたちは席で今日の夕陽について話しておられました。
そこで私は「今日の夕陽、ご覧になりましたか」とすっと話に入っていきました(この辺の呼吸が大事)。
M君は見ていました。彼は「zephyrさん、仕掛けるな」と思っていたそうです。
私の方でも彼がそう感じているのはわかっていました。
Aさんとは、瀬戸内の夕陽について、ここのホテルのロケーションについて、いくらか話をしました。
とても朗らかで、笑顔です。
「景色が良い日と悪い日では、同じようにホテルにお泊まり頂くのでも、ずいぶん違ってまいりますから。今日は眺めが良くて、なによりでございました」
話を切り上げようと、そのように言うと、Aさんは「いやー、まったくそうだねえ。うん、ありがとう」と仰いました。
その「ありがとう」に私は、ピンと来ました。
Aさんはこちらから話しかけられたことを迷惑には思ってらっしゃらない。
しかし、あまり積極的には干渉しない方が良いお客様だ、とわかりました。
その「ありがとう」には、ほんのわずかですが、「ありがとう。もういいよ」というような意味合いが込められていた可能性がありました。
Aさんは料理などお出しして説明すると、かならず「ありがとう」と返される方でした。
ですから、かならずしも断定はできないのですが、私はどちらかというと、あまり積極的には話さない方が良いお客様だと感じました。
なぜなら。
Aさんは、二人でのこの時間を特別なものと感じられている。
それは来店されたときからわかっていました。
愛し合われているのです。
愛する女性とのこのひととき、女性の方はAさんとのひととき、これを共に非常に大事にされ、楽しもうとされている(この際、Aさんとその女性の関係などは論外です)。
ならば、この二人の時間を大切にお守りするのもサービスマンの役目です。
それ以降、私はフロアに立っていても、あまりAさんに干渉することはなく、最低限のサービスに留めるよう心がけました。
もちろんセオリーはきっちり抑え、サービスが不足するようなことはしていない。
料理の説明。
ドリンクのサービス。
デザートの頃、Aさんは一度席を離れられました。
そのとき相方の女性が、たまたま水をサービスに行ったM君に話しかけ、M君はしばらくAさんが戻ってくるまでお喋りをしていました。
Aさんがやがて帰って行くとき、「いやー、ありがとう。最高の料理だったよ」とほめ言葉を残して行かれました。
お客様がいなくなったとき、私はM君に尋ねました。
「あのお客さんについて、私がどういう判断をして、どういう対応を取ったか、わかる?」
「え? いや……なんでzephyrさん、いつもみたいにあんまり話をしないのかなあと思ってました」
「なんでだと思う?」
「いや、わからないッス」
「あの二人は愛し合っていて、二人の時間をとても大事にされていた。二人の時間を楽しみたいお客さんだったんだよ」
私はそのように判断した理由について話しました。
「そうだったんですか。オレ、なんにも考えずにいつもより長話してしまいました。最初に入ってきたときの感じから、話しやすいお客さんだと思ったから」
「そう。自分も最初はそう感じた。
だけど、この場で何を望まれているかは、そのお客様によって様々だ。それを知るためにも、ちょっとしたコミュニケーションは有効なんだ。
それに最初にちょっとしたコミュニケーションを取っているからこそ、あの女性も一人になったときに君に話しかけていただろう。そういう雰囲気を、最初の一回の会話で作ることができるんだ」
もしその最初のコミュニケーションがなければ、女性はただ座ってAさんの帰りを待っていたかも知れません。
でも、その時間がサービススタッフとの会話になったのは、雰囲気作りに成功したからです。
「なにも前に前に出て話すことだけが大事なわけじゃない。今日のようにお客様によっては、適度な距離を保っていた方がいい場合もあるんだ。
Aさん、帰って行くときに『最高の料理だった』と言われたろう? あれはサービスが言わせたものだ。普通になにもコミュニケーションを取らず、ただ料理を出して下げるということを繰り返していたら、あんな評価にはならない」
実際、Aさんの宿泊プランについていた料理は、フルコースでこそありましたが、ほかにもっと内容の充実したコースがあるのです。
「あれは、サービスも含めて大満足されたからこその言葉だ。でなければ、普通に『美味しかったよ』で終わってる。今日の仕事はサービス料がもらえる仕事だったな。時には適度な距離を保つことが最高のサービスになることもある。それを覚えておくといい」
私のやっていることをみて、積極的にお客様に話しかけようとしているM君には、はからずも格好の教育材料となった日でした。
積極的であることだけがよいわけではない。
しかし、それも最初のコミュニケーションがなければわからなかったことです。
だいいち、お客様から話しかけられるのを待っているというのはどういうことか?
お客様のほうから話しかけてくることはあります。
ただ、それは積極的な性格をお持ちの方の場合に限られます(あるいは、何か不都合があった場合、「すみません」と話しかけられる)。
ということは、「待つ」ことにウエイトが置かれすぎると、こちらがコミュニケーションを取ることのできるお客様のタイプが限定されてしまいます。
積極的に話される方だけと話ができるという構図が成立してしまいます。
しかし、自分からは話されないお客様の方が、実際は問題なのです。
もしかしたら、何か不満があるかも知れない。
料理に満足していないかも知れない。
サービスが気に障っているかも知れない。
このようなことを言わずに、全部抱えてホテルをチェックアウトしてゆく。
もう二度と来ないでしょう。
しかし、そういう方ともコミュニケーションが取れていれば、小さな不満は不満にすらならないケースがあります。
また不満を言ってくれる場合もあります。
こちらも誠心誠意それに対応すれば、逆に気に入ってくれる可能性すらある。
お客様とのコミュニケーションは、ホテルのサービススタッフにとっては何よりも重要なものです。
ウエイターは、イコール、待つ人、ではない。
