彼らに心の花束を |  ZEPHYR

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ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

日曜日は地元で行われるホタル祭りの準備のため、朝から夕方まで草刈りに動員されていました。
草刈り機を使っての作業は、普段とまったく違う筋肉を使うので、かなり疲労困憊しました。腰や背筋、首や肩が痛い……ショック!
ホテル仕事で、歩くのや普通に物を持つのは、かなりタフなんですけどねー。

そんなコンディションの中、ZEPHYRミーティングに出かけてきました。
薫由記、紫月悠詩、神奈女凛と待ち合わせたカフェに。
到着すると、駐車場にはすでに薫と神奈女が待っていた。
三人でお店に入り、席を決めて座ろうとすると、背後から人の気配が。
「あのう……」
消え入りそうな声で現れたのは紫月!
みんな、びっくり。すぐ隣に席にすでに彼は陣取っていたのに、誰も気づかなかった。ていうか、最初に声かけてくれよ。
「気配隠すのうまいねー」
私の言葉に、爆笑。
すでにそこから楽しいミーティングが始まっていた。

だいたい前回もそうだったのですが、この面々が揃うと始まるのが、薫と神奈女の掛け合い劇場。
神奈女がボケで、薫が突っ込み、神奈女がMで、薫がS。
とにかく恋愛観や人生観もまったく異なるこの2人が、たった1日しか誕生日が違わないのだから、驚異。
恋愛に関して冷徹理論武装をし、防衛装置が何重にも働いている薫に対して、リミッター解除、ターボチャージャー付きなのに、なぜか制動装置が付いていない神奈女。
この2人が同席すると、自然と薫が神奈女のダメ出しをするする。もう止まらないくらい。
ま、今回は前回より少なかったかな。

それというのも、神奈女がこの間にちゃんと「恋人」を見つけたから。
前回は「そんなんだから、男にいいように弄ばれるんだ」的な突っ込みの嵐だった。
でも、相変わらず恋愛に関してはネガティブ・モードの神奈女に対して、薫は突っ込む突っ込む。
しかし、「可愛いと言われるよりも、ぶさいくと言われた方が安心するの?」という薫の問いかけに、
「う、うん。そうかも」
と答える神奈女に、つい私も、
「おっかしいんじゃないの?」と口走ってしまった(大爆)。

おっといけない。2人の掛け合いが面白すぎて、笑いの渦が広がりすぎ、ミーティングの主旨が。

それに実は、この日は1日違いの2人の誕生日を一緒くたに祝う目的もありました。
ちょっと時間をプレイバック。
始まって間もないところで、紫月と私で用意したささやかなプレゼントを2人に贈呈、そして4人で乾杯。

ミーティングは終始、和やかなムードの中で笑いの連発。
紫月は一ヶ月分くらい、笑い溜めした?
普段、あまり笑うことがないという彼のために、次回からはZEPHYRミーティングの副題に「紫月君に笑って頂く会」という名目を付けようかというご意見も。おいおい、ますます論旨が…あせる

今回は今後、ZEPHYRの主軸となって行く二つの探偵物語について、その位置づけと方向性、テーマ性などを確認することが行われました。
神奈女が提出してくれた資料を基に、私と紫月で作っていくシリーズの探偵と、薫と私で以前から考えていた「名探偵K」の色づけを明瞭にし、区別しながら、それぞれの作品の特色を出していこうというところ。
この二つのシリーズ、それぞれすでに三つほどの作品の芽がある。
これを今後は、育てていかねばなりません。

私はと言えば、今日で占いの活動に、一つの区切りをつけます。
今月いっぱいということでしたが、実質的にクッキージャーで行っていた鑑定は26日が最終日ということになりました。
2年弱。お世話になりました。
場を提供して頂き、ありがとうございました。店長のNさんともいい関係を続けてこられましたし、今後はお店の発展を祈っています。

今後、占いの方がどうなるのか、私にも答えは見えていません。
もし本格的に再開するとしても、クッキージャーでの鑑定は、おそらくもうないでしょう。
いずれにしても、答えが見えてこなければ、どうにもなりません。
でも、求めれば、かならず答えは与えられると、私は信じています。

それがいつになるか。
一年後か、それとも明日なのか。
私には今、信じて待つことしかできません。

占いはともかくとして、私は小説の方ではこの上なく強力なメンバーに恵まれたのかも知れない。
ふと、そう思いました。
才能なんてあるかどうかじゃない、なければ引っ張ってくればいいのよ、と我が師M女史はかつて言った。
今、私のそばに存在する、それぞれが特異な才能の花たちが、大輪の花を咲かせるか、それとも……。
それは彼らに才能があるかどうかではない。
心が通じ合うかどうかだ。
才能なんて、どこからでも得ることができるのだから。