創造都市と創作集団 |  ZEPHYR

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ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

昨日、月曜日。
興味深い会合に出席した。
昨今、「生活文化創造都市」というものが、今後望まれる新しい都市の姿として、推進されており、今回「浜松」「桐生」「奈良」「倉敷」の4市を対象としたグループインタビューが行われた。
行政・経済界・文化団体の代表などからインタビュアーが聞き取り調査を行い、それを持ち帰り、12月に浜松で行われるシンポジウムで話し合い、分析が行われる。
このシンポジウムは「生活文化創造都市拡充プロジェクト Creative Japan 全国大会 2007 in 浜松」というもので、参加は自由だ。
とりあえずそのシンポジウムの下準備としての、グループインタビューだったわけなのだが、それに出席させて頂いた。他にも音楽や陶芸、また倉敷の町家に関するNPO法人をなさっておられる方など、合計6名が参加され、倉敷という都市についての意見や個人の活動についてインタビューを受けた。

面白いプロジェクトが進行しているものだなあと感じた。
インタビュアーのT大学のM氏は、柔らかい言葉で一人一人に適切な配慮と認識を示され、最初は緊張していた方々も徐々に解けていったようだ(私は例によって、こういう場では緊張した試しがない)。
私は個人としての創作活動よりも、ZEPHYRの活動についてお話しさせて頂いた。
「生活文化創造都市」というものを説明を聞くかぎり、それは産業や地域文化も含め、やはり人材こそがその都市の文化を牽引していくものであり、そうしたトータルでの多様性や基盤力、人材力、そして市民の活動力などを指標として評価していくことが前提となっているようだったからだ。
つまりさまざまな作家たちが、その地域でどのような場を与えられ、どのような不具合や良さを感じながら活動しているか、また今後はどうなっていくのが望ましいかということが主題なわけで、そういった議論の場でZEPHYRのことをお話しするのは格好だろうと思われた。

果たしてかなり興味を持って頂いたようだった。
ZEPHYRという小説創作集団が、非常に画期的な試みであることは、日頃、その中でやっているとわかりにくいのだが、こういう方々の外からの眼と反応を見ると、
「ああ、やっぱりそうなんだ」
みたいなフィードバックが行われ、ちょっと嬉しかった。
ZEPHYRでの活動は、そのまま「生活文化創造都市」の一部として機能できるような気もした。

他の方々のお話を聞くことができたのも有益だった。
家内が音楽畑(クラシック)なので、そういう活動をされている方の難しさについては、知識としては知っていたが、やはり生の声を聞くとまったく説得力が違う(またこの男性が、家内と面識があるということも後でわかった。岡山、やはり世の中は狭い)。
他の伝統工芸をされておられる方々にも、独自の苦労や思われるところがあり、一つの道を行くのはなかなかやさしいことではないなと、あらめて思った。

私の場合、小説、占術、大学講師、そしてサービス業と、いくつもの道に力を分散させてしまっているが、他の方にしても、やはり食っていかねばならず、そのために心ならずも、という現実が同じようにあるようだ。
私の究極的な理想は、小説と占術だけで生活を成り立たせることだが、当分、あとの二つも面白くて辞められそうにはない。もちろん生活のためにもやらなければならない。

ともあれZEPHYR。
この歩みと、こうした大きな世の中の流れが、どこかでシンクロしていけばよいと感じた日だった。