横山秀夫 「顔 FACE」について |  ZEPHYR

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今、大学では教材の一つ、横山秀夫さんの著書、「顔 FACE」を使って講義を進めている。

「FACE」は非常に奥深い作品である。五つの短編をまとめたような形態になっているが、全体として一つの長編小説としての顔を兼ね備えている。

舞台は「陰の季節」などのD県警。

主人公は以前、D県警の鑑識で、「似顔絵捜査官」として活動していた婦警、平野瑞穂23才である。

いうまでもなく、犯罪の被害者や目撃者から、犯人の特徴を聞き出し、似顔絵を描くことで捜査に役立てる警察官である。

彼女は「陰の季節」の頃、似顔絵捜査官として、大きな挫折をした。

目撃証言に従って作り上げた自分の似顔絵で逮捕されたはずの犯人の顔が、間違いなく犯人であるにもかかわらず、まったく似顔絵と似ていなかったのだ。目撃者の思い込み、そして「似顔絵で逮捕第一号」などとマスコミに流してしまった捜査本部の勇み足もあり、瑞穂は上司からとんでもないことを要求させる。

「逮捕された犯人の顔を見て、似顔絵を描き直せ」

つまり似顔絵の改ざんである。

拒否した彼女だが、「だから、女は使えねえ」という罵倒の言葉に、嫌々、改ざんをしてしまう。

似顔絵婦警としての職務を汚すような行為に、瑞穂は半年間も休職し、その後、思いやりのある同じ女性の警察官上司の助けもあって、別な部署で職務に復帰する。

「FACE」は、この平野瑞穂が失意の底から立ち直り、婦人警官(女性警察官ではない。彼女は子供の頃「ふけいさん」に憧れを抱き、それを実現させたのだ)として成長と復活を遂げるまでの物語である。五つのストーリーは、どれも警察という男社会の中で必死に自分を支えている主人公と、彼女を取り巻く人々が実にリアルに活写され、そして一つ一つの物語にミステリーの基本、「謎」→「伏線」→「解明」という流れがきちんと押さえられている。

一つ一つ、ステップを上がっていくように、似顔絵どころか、筆を持つこともできなかった彼女が、いくつかの事件と人々との遭遇を経て、再び筆を持ち、絵を描き、再び似顔絵婦警として活躍したいと願うようになるその姿は、おきまり通りのストーリーとばかり言えない、真実の輝きがある。

再起なった瑞穂が、エピローグで退職していく刑事に向かって敬礼する姿は、まさに感動的ですらある。

ここ一年ぐらいの間に読んだ中で、一番の良書は? と問われたら、迷わずこの一冊を上げたい。

私が「FACE」を大学の教材に選んだ理由も、まずはそこにある。

ミステリーとの基本がしっかりしている。一つ一つの作品に生きた人間が描かれている。起承転結の良い見本のように、五つの作品が連なっている。

なにより、男社会の中で頑張って生きている彼女たちの姿には光がある。

読んだ人の心に、彼女たちはきっと希望という光を投げかけ、何かを残してくれるだろう。

「FACE」。お薦めの一冊である。