たどり着いた結論 |  ZEPHYR

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ゼファー 
― the field for the study of astrology and original novels ―
 作家として
 占星術研究家として
 家族を持つ一人の男として
 心の泉から溢れ出るものを書き綴っています。

「謎は解けた!」で書いた女性の事例は、ただならぬことを私達に示してくれている。

それに非常に有益な情報も提示してくれているように思う。


彼女は手術を受けたことで自身の運気、運勢を変えることに成功した。

1人の男性との未来を変えたのだ。


昔から失恋したとき、女性が髪を切ったり、ヘアスタイルを変えたりといったことが、実際によくあったし、小説やドラマの中でも陳腐な表現と化すほど繰り返されてきた。

「あら、どうしたの? 髪切っちゃって。失恋でもした?」

「べつに。そんなことないわよ(と無理に笑顔を作って)」

こんな会話はとても陳腐だ。今時は小説でもあまり書かない。


しかし、失恋したときに髪を切るという行為は、自身の一部を切り捨てるという行為であり、これには気分転換をしたいとか思いを断ち切りたいとか、そういう個人の感情以外にも、運気を変える効果がないだろうか。

かの女性は手術によって自身の体の一部を切除して変えた。コンディションを良くしたわけだ。

髪を切るというのにも、これまで引きずっていた運気を変える効果があるように思える。


恋愛に限らない。

何かがうまくいかないときは、自身のどこかのコンディションを変えてやる必要があるのではないだろうか。

そのために障害や渋滞、スランプ、逆境などに陥っている可能性はある。


なぜならあらゆる出来事は本人の意志と選択に無関係に発生しないからだ。

すべての出来事には関連性がある。

無関係で無意味なものはこの世に存在しない。


と、いうことはだ。

実際にはちょっとしたことで運気や運勢を変えることができるのではないだろうか。

といっても、悪くもないのに体の一部を切除したりすることを勧めるわけではない(手術はちょっとしたことではないが)。

一番手っ取り早いのが、やはり髪だろう。切る、もしくはヘアスタイルを変える。

カミという言葉は、神にも通じるし、ケという読み方なら「気」にも通じる(言霊学)。

ある霊感のある人物にいわせると、僧侶が剃髪するのもそれなりに意味があるとか。


また爪を切って清潔にするのも大事かもしれない。


ほかに身体の凝りをほぐすのも重要だろう。

身体のどこかに不具合が生じていることと、現実世界でうまくいかないことは表裏一体になっている可能性がある。

適度な運動をし、柔軟な肉体を保つこと。

これらは普通に考えて大事なことだが、今回のことでそれ以上の意味があると思えてきた。


ほかにも自分に合ったパワーストーンを持つとか、また行って気持ちよく感じる場所でエネルギー補給するとか(すがすがしい神社とか、パワースポット、景色の素晴らしい場所、空気のきれいな場所、樹木の生い茂った自然環境など)いったことでもいいかもしれない。

とにかく自分の何かを変えることが重要なのだ。


「運命を変える力」で私達はパズルのピースだと述べた。

全体を構成するパズルの一つ一つ、それが個々の私達という存在。

それらがすべて絶妙にはまりこんで世界という絵が完成しているのだが、もし個人というピースが変われば(大きさや形)、そのパズルにはまらなくなってしまうわけではない。

世界はすべて繋がっていて、一体だ。

一つが変われば、全体が変化する。

これこそが奇跡だ。

人はみな、自分で世界を変える力を持っている。


こういうことを書いた。

じつはあの文章は降ってきたものだった。

私がその時考えていたものではなく、書いている流れの中でふいにどこかから降ってきた文章だった。

そしてその時、これは真実だと直観した。


小説家にはそういう不思議な感覚が生じることがある。

そして今回の彼女は、どうもそのことを身をもって証明してくれたのではないか。

そう思える。

でなければ彼女の占いに関して、あのような凄いシンクロニシティは起こらなかっただろう(「ある日のすんごいシンクロニシティ」参照)。


気づけよ、というサインだったのではないか。

そしてこのブログを読んでくれている、そう数は多くないけれど、貴重な読者の皆様にもそのことを伝えるチャンスが与えられたということなのかもしれない。


すべては一つだから。