瀧藏神社:奈良県桜井市瀧倉600
瀧藏権現の本社は、長谷寺の北を初瀬川に沿って約3km上った山中にある。長谷寺の前で乗ったタクシーの運転手の話によれば、近年は樹齢400年になる枝垂桜の名所として、大勢の人が訪れるらしい。この桜の樹のある駐車場らしき場所に車を停めてもらい、三十分ばかり待ってもらうことにした。
境内はさほどの広さはない。山あいのためか寧ろ狭いといった方がよいだろう。神仏習合の名残りか小さな鐘楼がある。長谷寺の高僧が室町期に寄進したものだという。
以下、社頭の案内板にある由緒を写す。
「元長谷郷の鎮守にて天慶九年(946)『長谷寺験起』に滝倉権現のお告げにより、大泊瀬山を『与喜地』・『与喜山』として菅原道真公に譲られたとの夢物語が書き残され、以来滝倉を『本地主神』、与喜山を『今地主神』と云われた。長谷寺奥の院と称し、古来より信仰深き神社にて長谷寺へお詣りしても当社へ参詣しなければ御利益は半減すると伝えられ『今昔物語』巻第十九に平安時代末時の滝倉明神の社殿その他長谷寺との関係が具体的に書かれている。(後略)」
この今昔物語の説話「滝蔵礼堂倒数人死存命人語」は以下のようなものだ。正月に七、八十人が集まって境内の礼堂で祈っていたところ、人々の重みで谷側の柱が折れてしまい、堂は崩れてそのまま谷底に落ち、阿鼻叫喚の大惨事となった。ところが、女一人、男三人、幼児三人は、逃れて谷底に落ちたものの傷一つなく生還したという話で、瀧藏権現と観音の霊験を説いている。
さて、拝殿の反対側を下ったところには、付近の信仰の跡地を簡易な地図にした看板が立っている。
山道を下っていくと、宝篋印塔の跡や、弥勒菩薩の石仏、観音屋敷、黄金塚と呼ばれる円墳様の墓などがあるが、それらよりも僕の目を惹いたのは磐座だ。注連縄を掛けられたものとそうでないものとが混在しているが、神社下の斜面一帯は磐座群となっているのだ。磐座だけであれば、形も大きさも、もっと変わったもの、スケールの大きな場所は全国に数多ある。ただ、大和の神社境内にある多くの磐座がそうであるように、この場の磐座は枯れた存在感というか、すべてが削り取られて本質だけが残った、一種ミニマルな趣があるように思えてならない。侘び寂びではないが、それは神のデザインの領域といってよい。人が顧みなくなった時、磐座は自然石としての存在を取り戻すが、それでも猶、路傍の自然石は僕たちに語りかけてくるのだ。ここにはそうした岩や石が多いような気がする。
さて、看板にも観音屋敷とされる場所があったが、どうやら観音信仰と岩石の関係は深いらしい。だが、瀧藏神社の由緒にはこの磐座についての話など一切出てこないし、訪れた人も磐座についてはほとんど語っていない。これはどういうことなのか。
国文学者の西郷信綱は、著書「古代人と夢」の中で長谷寺と観音信仰について一章を割いて考察している。徳道上人が大木から十一面観音を彫りだそうと発心したところ、夢の中で「北の峰の大きな巖の上に祀れ」と神託があった。西郷はこの今昔物語の説話を抄出し、こう記している。
「とくに注目したいのは、長谷観音の立地としてここで巌ないし岩場が強調されている点である。(中略) なぜなら、観音には、長谷とかぎらず、山地の岩場に示現した例が少なくない、というより圧倒的に多いからだ」とし、近江の石山寺の伝承との共通性を示したあと、仏画における観音の意匠が岩と水に縁があること、長谷観音が天照大神と一体とされ、天岩戸神話の影響が伺えること、観音信仰と洞窟信仰とが結合している例が数えきれないほど多いことなど、観音信仰と岩の関係を紹介している。そういえば、偶々なのかもしれないが、瀧藏神社の境内社には天照皇大神を祀る祠があり、その祠の下には中ぶりの丸石が納められていた。
先人が指摘する通り、瀧藏神社の「瀧」は「水」を指し、「藏」は崖や傾斜地、或いは神座や洞窟の暗がり、総じて「山」を指したとすれば、ここに磐座があちこちにあっても不思議でもなんでもない。瀧倉は地名でもあるのだが、古から正に山紫水明、幽境の地であり、神仏が納まるには好適の地であったのだろう。
前掲の考察はこう続く。「山の岩場を勝地として示現するのを好む観音にはそもそも洞窟信仰の契機が秘められていたといえよう。長谷でいえばイハキがこれに当る。というより『こもりくの泊瀬』そのものがすでに一つの洞窟であったとすべきである。つまり、岩窟そのものにこだわる必要はないのであり、前に見たように岩は山であり、また峡谷の水であり、それら全体がコモリクとして一つの洞窟でありえた叡山とか高野山とかを別として、寺院は平地に建てられる例が多いなかにあって、観音堂の立地がたいてい山がかっているのも、その示現の特殊性を示すものである。観音信仰を持ち歩いたのが修験山伏の徒であったことに、これは関係するものと思われる」
さらに隠国、葬地としての泊瀬や、秦河勝の出自などにもアプローチしたかったのだが、それはいずれということにしよう。長谷寺の境内の隅から観音を見守る瀧藏神は、観音を観音たらしめる地母神のような存在なのかもしれない。
(2016年12月12日、2014年5月30日)
画像引用
「三社権現に祀られる初瀬の地主神」奈良の宿大正楼ホームページ
https://narayado.info/nara/3syagongen.html
参考
「日本の聖地ベスト100」植島啓司著 集英社新書
「古代人と夢」西郷信綱著 平凡社ライブラリー