垂水遺跡(宝珠山千手院):山形県山形市山寺4753


異様、異形、異相奇妙に歪んだグロテスクなものが好きで、そう云うものばかりに惹きつけられる。そんな僕がここを写真で初めて見た時は正直椅子から転げ落ちた。異空間そのものではないか。人為的に造られたものではないが、何故だかシュヴァルの理想宮を思い出した。


ここは一体何処なのか? 岩肌に無数の穴が開いている。鳥居があるから神社なのだろうか。いったい何が祀ってあるのか。とにかくこの目で確かめなければ始まらないと、矢も盾もたまらず当地を目指したのである。当時、山形に年数回の出張があったことも何かの縁だろう。


千手院は通称山寺で知られる立石寺の門前を抜け、仙山線沿いを少し下ったところ、線路を挟んだ向かい側にある。天台宗の寺院だが、神仏混淆の名残か、今も鳥居がある。その先。鳥居をくぐり、石段を上ると、なんと線路の上。踏切などなく、線路を跨いで境内に入ることになる。立石寺の門前は観光バスも出入りし、たいへん賑わっているが、ここには人の気配がなく、時折通る列車の音以外はひっそりと静まり返っている。

お堂の右手に墓地があり、これを巻くようにして裏山へ向かう。植林の中を十分近く登っていくと樹々の合間に白っぽい岩塊がちらちら顔を見せはじめる。白木の両部鳥居が見えた。

鳥居の背後に広がる光景はやはり異界にしか見えない。岩塊にタフォニのような穴が無数に開いている。上部にある穴は、まるで異界の生き物の表情だ。この世にいながらにして、どこかに逝ってしまった阿呆のような貌や、怪異な獣のような貌が折り重なっている。
この場から右に行くと岩屋があり、その脇の岩の裂け目には不動明王が祀られている。山寺開山の祖、慈覚大師円仁に由来する修験の行場である。
垂水遺跡からさらに山中に入って行く。道は散策路としてよく整備されていて歩きやすい。ところどころに案内板も立っている。烏帽子岩などさまざまな名をつけられた岩を巡り、さらにその奥に進んでいくと、二つの巨岩が聳え立ち、この間をくぐると広い平坦な地に出る。山腹にこれだけの場所が広がる地形は珍しい。案内板には、庶民信仰の祭祀の場ではないかとあるが、地形からすると山梨の岩殿によく似て、山城のようでもある。

円仁と彼に連なる台密の僧らが東北行脚の道中でこの地を見つけ、布教の拠点としたのは事実だとして、そのベースには太古から連綿と続くアニミズムがあり、これらを吸収して止揚したのだろう。スケールは叡山に遠く及ばないものの、開祖最澄の「山川草木悉皆成仏」を肌で感じることの出来る気持ちのよい空間である。

(2017年9月17日、2015年9月27日、2015年5月9日)