野口晴哉先生は一番怖い病気は鈍りなんだと記している。
カラダが鈍ると感じなくなる。
実は唯一の病は「感じない」なんじゃないだろうか?
ホメオスタシスが働いていれば少しの異常を感じると、元に戻ろうとホメオスタシスが動き出す。
生体恒常性、ホメオスタシスは感じないと動かない。
ぼくらはホメオスタシスが動いた結果を
発熱や下痢、皮膚からの排泄などで知ることになる。
本格的に感じないって状態の方が整体指導を希望されることは少ない。
ずっと、違和感を感じている
不調を感じている
だから、カラダを感じたい
自分の心身を理解したい
自分の本音を感じたい
そんな方が訪ねてきてくれることが多い。
それでも時々、「感じない」不感症の方が来室される。
難しい病名が付いていても
カラダの違和感、異常感を感じている人は
カラダとの対話を復活させられる可能性は高い。
感じているから、働きかけに応えてくれる。
異常や疲労が蓄積されているのに鈍り適応してしまって
感じなくなっているカラダには
まずどれだけの異常を抱えているのか感じさせないといけない。
不感症のカラダの人の中には
感じるカラダならば激痛として感じる程の異常があることもある。
それ程の異常ですら感じられないってカラダの人もいた。
文字通りカエルの面にしょんべん。
そうなると本格的な麻痺になってしまっている。
触れているこちらが怖くなる。
不感症の王様。
思わず、生きているんだろうかと顔を覗き込んでしまう。
それでも不思議なことに生きている。
生きているんだけど、呼吸も浅くなって
人生で体験している事柄の感受性までもが希薄になってしまっている。
元気だった頃とは程遠い在り方になっていることは自分でも分かる。
不感症って、何をしていても喜びが湧き起こってこないカラダでもある。
なので慢性的に鬱々として
日々の生活が楽しくなくなっているのであれば
実は深刻な不感症に陥ってしまっている可能性が高い。
すなわちカラダ中に「感じない」が拡がっている。
厄介なことに本人は鈍っているのであまり困っていない。
こまめにホメオスタシスが働かないので
異常に気づくのはいつでも異常が大きく育ったあとになる。
こういう構造が分かってくると
異常を治すんじゃなくって
ただ感じないようにしている常用薬などが如何にヤバいものかが見えてくる。
「感じない」をサポートして不感症のカラダを世界に増やしているのだから。
結果としてホメオスタシスは更に働かなくなって
難しい病が増えていく。
自分のカラダすら感じられないんだから
周囲の他者のことなど感じることなど出来るわけがない。
まずは自分のカラダが発している悲鳴が聞こえるようにならなくちゃ。
カラダが発している声を拾ってあげる。
カラダの声に従って行動していく。
いのちを大切にする=自発的な要求を大切にする
それが自分を大切に扱うってこと。
それが自愛なり。
「感じる」カラダを取り戻すのが自愛の最初の一歩です。
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