子供の頃からずっと悩まされていた偏頭痛が

 

最初の整体指導のあとに無くなってしまった。

 

頭の穴追いの愉気を受けたあと、それまで飲んでいた花粉症の薬が要らなくなってしまった。

 

猛烈な眠気や、2日間うずくまるほどの頭痛を経て

 

カラダが弾力を取り戻すことで

 

それらの不調はその方の人生から消えていった。

 

 

 

 

どちらも長い間悩まされていたカラダの不調。

 

いろんな病院にいったり、薬を処方されたり

 

何十年も治療と名のつくものを受けてきたことに

 

怒りを覚えると言っておられた。

 

 

 

 

そういう感情が湧き起こってくるのは理解できる。

 

 

 

 

実際、治療と名乗っていて効果がなかったのであれば

 

全て無駄だったってこと。

 

無駄だったらまだましで

 

薬害などによる異常が生じていたら目も当てられない。

 

 

 

 

死因の上位である多臓器不全

 

前にTV番組で山中伸弥さんが多臓器不全であっても

 

投薬を中止すると3分の1くらいは一命を取り止めると解説していた。

 

その解説を聴いてぼくはTVに向かって

 

それって一命を取り止めたんじゃなくって

 

薬で死の間際まで追いやっていたからだろうが!とツッコんでいた。

 

 

 

 

偏頭痛や花粉症が消えた方は

 

愉気でカラダを整えることが未だマイナーで

 

医学が主流なのが理解できないと憤っておられた。

 

 

 

 

花粉症などは分かりやすい例だけど

 

電車でシーズン前に病院に行って花粉症の治療薬を処方してもらいましょうという車内広告が流れている。

 

シーズン前に毎年飲むことが必要らしい。

 

ってことはそもそもその薬は治療していない。

 

花粉症の症状が出ないように抑えているだけ。

 

根本的なカラダは服薬前と服薬後、何も変わっていないから毎年飲む必要があるわけ。

 

 

 

 

症状を抑えるだけのものを治療薬と謳うのは個人的には詐欺と呼んでもいいと思うんだけど

 

ところが現代日本の主流になっている。

 

なぜか?

 

 

 

 

それは利用者側の意識が痛みや異常感は無くなればいいと思っているから。

 

 

 

 

異常や病気は無くせばいい。

 

苦痛、不快感が無くなれば何でもいい。

 

そりゃあ楽だし、便利だよね。

 

それが対症療法であったとしても痛みや不快を感じたくない。

 

実際にそれで大勢の人は困っていないからね。

 

 

 

 

生理痛の痛み止めの薬も同じでしょ。

 

治ってないから毎月飲む。

 

飲むことで痛みを感じなくなるから、何も困っていないわけ。

 

生理痛がないのが本来の在り方なのに

 

不自然な生理痛があるカラダの人が60%になっている。

 

カラダや生活習慣を見直そうとする人はほぼいない。

 

 

 

 

人間の免疫機構は2本立て。

 

生まれつき備わっている自然免疫と

 

後天的に病気やウイルスなどに罹って身に付けていく獲得免疫。

 

 

 

 

だから病気を経験することは免疫を育てるために必須なの。

 

パンデミックで世界中が消毒に躍起になった時に

 

真っ先に異論を唱えたのは免疫学者だった。

 

消毒や無菌を優先する社会では、獲得免疫が無くなってしまう。

 

それは人間という種にとって深刻な免疫不全。

 

 

 

 

昔は水疱瘡やおたふく風邪、はしかなどを経験することで

 

子供たちは充ちていった。

 

実際に病気に罹ることで生殖器や呼吸器の発育が促されていた。

 

病気を自力で経過していくことで獲得免疫が育っていく。

 

 

 

 

異常を感じても、感じなければいいんでしょ。

 

という発想はものすごく危うい。ゲッソリ

 

カラダの場合は感じないって、麻痺だからね。

 

 

 

 

 

 

 

たまたま心身のことを論じているんだけど

 

自分でもやりがちなパターンなんだよなあ。

 

 

 

 

これは他人ごとじゃなくて

 

忘れないようにぼく自身に向けて書き残している。

 

 

 

 

思い返すと忙しい職場で働いている時などは

 

業務の違和感を感じているのに

 

改善せずにやり続けたりをしていたこともあったし

 

業務や上席者がおかしいと感じているのに

 

なかなか声を上げられずに

 

感じた違和感をスルーしつづけていたこともあった。

 

違和感をスルーしてしまえば

 

違和感は無かったことに出来てしまう。

 

短期的にすぐ困るようなことはない。

 

けれども違和感は無くなったわけじゃない。

 

降り積もった違和感はぼくの場合は心身症だったり、声が出なくなったりというカラダの不調で退職という強制終了となった。

 

 

 

 

日々の生活で感じている違和感をスルーしていないか?

 

嫌々やっていることはないか?

 

義務感でやっていることはないか?

 

 

 

 

ぼくらは、ひとり、ひと宇宙。

 

ぼくの宇宙に怒りを感じる事柄(外の世界で)が出てきたのなら

 

ぼくの内面に怒りがあることの反映。

 

たまたま現代医療というカテゴリーで怒りを感じたのだとしても

 

自分が自分の違和感をスルーしていないか

 

日々の生活の中を見つめ直す機会にしてみたい。

 

感じている違和感の声は微かだったりするからね。ウインク

 

 

 

 

 

 

※あわせて読むといい記事音譜

 

 

 

 

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