以下の話はあくまで自身の体調からのあれこれなので慢性前立腺炎や間質性膀胱炎の方にあてはまるとはまったく言えませんし、読者の方に余計な不安を煽る可能性が高いので話題にするか迷ったのですが……、もしかしたらこういうこともあるかもね、という程度の話題提供としてお読みいただければ幸いです。
本題ですが、このところ個人的に気になりはじめたのは膵臓(すいぞう)の調子です。
自身は慢性前立腺炎と診断されたら次第に腹痛、睾丸痛症状が悪化し、腹痛は腹直筋一帯、左右の脇腹とか腹部のアチコチが痛くなったりしました(今はいずれの症状もさほどではないですが、一時期は激痛化していた)。
みぞおちが痛い、つかえる、胸脇苦満、膨満感がある、食欲減退といった胃部の不快感、また、下痢傾向も出てくるようになって、これは過敏性腸症候群と呼ばれる状態ではないかとも感じるようになりました。
ただ、ここにきて過敏性腸症候群のほかに考慮の価値がありそうに思えてきたのは膵臓の不調です。
膵炎(急性と慢性がある)と呼ばれる膵臓の不調では、腹痛(左脇腹、みぞおち周辺以外にアチコチ痛くなるらしい)、腰痛、下痢、背中の痛み(特に左側、ただし右にも出るらしい)、頻尿、尿の出にくさ、冷え症といった症状がでるようで、各種の検査では数値的にも異常が出にくいらしいのです。
数値的な異常が出にくい(逆に数値に出ていたら病状は結構進行している)らしいので、膵臓は「寡黙の臓器」などと呼ばれているんだとか。
症状としては胃の不調(膵臓は胃の裏側にある)や過敏性腸症候群によく似ていて、実際、医療者の方の話でも、膵炎と過敏性腸症候群は似ていて注意が必要だとする情報もありました。
初期症状は、胃がもたれる、だるい、背中に痛みがある、便がいつもより臭いといった感じらしいのですが、こうした症状はなんだかありふれているようにも思え、ここから膵臓の不調を想起するのはなかなか難しそうです。
急性の膵炎であれば数値的な異常は出やすいと想像しますが、慢性の膵炎となると確かに気が付きにくいのでしょうね。
さて、膵炎というのは多くの場合、飲酒が原因とされているようですが、中には飲酒と因果関係が不明のケースもあるようです。
自身の不調を振り返ると、過敏性腸症候群といってもよさそうなのですが、もしかしたら膵臓の不調なのかな、と思う節がある点もあります。
具体的には、慢性前立腺炎とか間質性膀胱炎の症状が出るようになってからは、特に左の背中(腰~首の痛み)が強まり、症状がもっとも悪化していた時期には、尿の色が異様に濃い紅茶のような色をしていた(フワフワした浮遊物が混じる)、ごくまれですが白っぽい便(クリーム色)の便が出る、といったことも経験していました。
膵炎の場合、飲酒後に背中の痛みや腹痛が悪化するようなのですが、自身は昔から飲酒をすると腰・背中・首にかなりの痛みが出るような体質で、同時にめまいや吐き気といった迷走神経の異常も飲酒によって出やすかったです。
これまでは日頃、血行が悪い部位が飲酒によって血行が促進されることで炎症のようなものが起きて背中や腰が痛むのかな、と思っていたのですが、もしかしたら膵臓の負担を表しているのかも……?
間質性膀胱炎の診断を受けてから感じた腹痛や背中の痛みについては、腎盂腎炎のような腎臓の負担とか、膀胱などの痛みが背中や腰に放散しているのかとも思っていたのですが、膵炎の場合でも同様のことが起こるようですし、白っぽい便と濃い茶褐色の尿の色というのは膵臓の不調でも起こるようです(←ただしそこまでいくのは重症例に限定されるのかも)。
もっとも、白っぽい便というのは胆石とかロタウイルス感染などでも起きるようですし、尿の色が濃いというのも脱水とかいろいろな要因でもなり得るものです。
ですので、何でも膵臓の問題と結びつけるのもどうかと思いますし、極論すれば診断さえもらっていなければ病気ではないので気にしすぎはよろしくないと思います。
ただ、自身の体調は、どうもいくつかの不調が重なっているように思え、少なくとも前立腺や膀胱といった器官だけみていても全体を把握することは難しそうです(いろんな臓器がうっ血・虚血、下垂・圧迫、位置変位しているのだと想像している)。
まあ体調というのは日々変化するので把握すること自体が難しいのですが、一つの可能性として膵臓の不調というのも考慮に値するように思えてきました。
というか、何らかの生活習慣やストレス、その背景にある自身の認知の問題が膵臓にも負担をかけているかもしれない、と表現したほうが正確かもしれませんが。
膵臓の不調というのは西洋医学的な各種の検査ではわかりにくいらしく、それゆえ「寡黙の臓器」と言われるようですが、整体の世界などでもストレスとの関係が指摘されていて「言いたいことを言えない」ストレスが膵臓の不調になることがあるのだとか(まさに寡黙の臓器、ですね)。
一種の「我慢病」といってもよいのかもしれませんが、認知の観点から考えれば「我慢」というのもやっかいで、一見して社会的には美徳のように見えても当人の中にはストレスをため込む結果となり、決して褒められたものではないのかもしれません。
社会的には我慢強い人が称揚されたり、あるいは都合の良い人として使い倒されたりすることもままあると思いますが、ついつい我慢してしまう思考や感受性というのも広い意味では認知の歪みとも言えそうで、それが体の不調の原因になる、というのはセリエのストレス説を引き合いに出すまでもなく、当然のように思えてきました。
ストレスコーピングがうまくできていれば多少の我慢も問題はないのかもしれませんが、このストレスコーピングというのもどういう方法が適切なのかを見誤るとよろしくないのかもしれません。
上述の通り、膵炎の原因は飲酒が多いという解説もありましたが、これも、ストレスへの対応方法が飲酒という行為になるからそうなるのであって、飲酒が原因というよりもストレスの捌け口として飲酒をしたくなるような当人の状態こそが病の原因なのかもしれません。
飲酒というのが割と手軽で、かつ依存性のあるストレス対応法になっているだけで、本当の原因は飲酒とはさらに別のところにある、ということも言えるのかもしれません。
膵臓の不調というのは数値的にも異常が出にくく、本人も気がつきにくいだけに、何やら恐ろしい病のような気もします。
仮に自身の症状が膵臓の不調なのだとしたら病気のオンパレードのような観もありますが(苦笑)、自律神経失調というのは実にいろいろな不調を招くようなので、とるべきアプローチを考えるうえでも同時多発的な不調を起こす可能性は念頭に置いておいて損はないかもしれません。
自戒を込めて申し上げると、病気というのは文字通り気を病むことから悪化するようなので「なにか恐ろしい病なのではないか」という空想が一層体調を悪くするとも言えそうで、あんまり気にしすぎないほうがよさそうです。
どちらかというと、不調そのものというより、自分はストレスを感じているかどうか、快か・不快か、調子が悪いかどうかがわからないような自身の状態のほうを警戒し、改めるほうがよいのかもしれません(認知行動療法、整体やヨガ的なそれ)。
認知ができたら具体的に実行に移す(ストレス要因から離れる)といった取り組みも必要でしょうが、実行するのにも負荷がかかったりするので、そこでまた新たな認知の課題も出てくるかもしれません。
というわけで、膵臓に関しては気にしすぎの可能性はありますが、なんとなく気になってきたので、膵臓の反射区(足裏や手のツボ)を押したり、日々の体調の観察、生活習慣の見直しは意識しておこうと思っています。
(内臓の位置的には脾臓とかのストレスも関係するかも、と思いつつ……)
「我慢」という心理状況からは下腹部の張り感とガス、おならの問題も想起しており、おならもそのうち話題にするかもしれません。