最近よく見る原発反対運動。
行動を起こして意見を社会に訴えること自体はとてもいいこと。
こういうことが自由にできる日本が素晴らしいし、こういう活動が続けられる日本であるために、某所で力を発揮するような首長みたいにやりたい放題やらせないために、監視して、おかしいと思えば声を上げる市民でありたいと思います。
原発産業や利権に関わる人を除き、もうこんなものやめられるもんならやめたい、と思う人がほとんどでしょうし、私もそう思います。
ただし、声高に原発反対ばかりを唱える運動はどうなんだろう?と思うことが多い。
例えば、今すぐ避難指示を出すべき!とか特定の食品についてすべて検査をすべき!など緊急を要することについて、声を出してその緊急性を訴えていくというのはいいと思うんです。その場合、大声を出すこと自体で助かる何かがある気がする。
但し、誰もが言ってる原発反対を改めて声を大きくするってのはどうかと思う。
いつも一面的で、その訴えに未来がないように見える。
反対して、その後どうするのか?
という未来への発想や理念が見えてこない。感じられない。
彼らとしては国や官僚や企業など、「大きな権力」に対してのアピールだから一般人への理解など関係ないのかもしれませんが、大きなものばかりへ反対反対言ってるのは、
まるで上司へ不平不満ばかりを漏らし提案をしないダメ部下と同じ情けなさを感じます。
個人的には、そこに参加する有名人たちが、アーティスト、ミュージシャン、俳優、作家など、多少現実社会からかけ離れた人たちが参加するのも説得力がない理由です。
ほんとにその活動を本格化させるなら、一人でも多くの人に理解を求め、世論への大きな動きにしていきたいとは思わないのでしょうか。
声を出す人たちはまず最初に反対を訴え、停止させることでひとつの勝利なのかもしれませんが、事はそんなに単純じゃありません。
原発止めるなら、足りない電力をどうするのか?
電気を使わないライフスタイルを推奨していくのか?
再生可能エネルギーを推進していくのか?
第3のエネルギーを模索、研究していくのか?
電力はこうしてる間にも日々生産・消費されてます。
原発を止めてから、さあ次のこと考えましょうと悠長なことが言えるのであれば、誰も計画停電みたいなことで苦労はしません。
計画停電や、節電のこの夏、電力会社はおろか、電車を利用する人、電気を使う企業にお勤めの方、みんな苦労しましたよね。
はい分かりました。
明日から原発を全部止めます。
そして電車も半分以上止まります。
エアコンも使えません。
コンピューターのデータセンターも半分以上止まります。
核廃棄物処理活動も止めます。
各国には違約金、処理費を払います。
そんなことしたら経済活動は震災以上の影響がでてきて、物凄いひとたちの社会生活を奪うことでしょう。この夏の節電どころの騒ぎではなくなります。
そういう社会の未来について大した考えも示さずに、人だけ集めて集会をすることに私は同意できない。
何十年間と原発を進めてしまった過去について戦犯探しや吊し上げることも必要でしょう。
でもそれも日本の歴史のひとつですし、そういう社会をそのまにしてきた責任は、私たち一人一人にあるはずなんです。
3.11前までは「いろんな意見はあるけど、もしかして原子力発電とうまくつきあっていけるかもしれない」と思っていたかもしれない。私もその1人でした。
日々刻々と動く電力事情など難しいことは偉い人に考えてもらって、力のない市民は反対だけを訴えますよ。 そんな身勝手な活動に説得力はあるんだろうか?
別にこれから官僚試験受けて省庁に入れとは言いません。
今すぐ国会議員を選出してもその人たちが国策に影響力を持つには時間がかかるでしょう。
再生エネルギーを活発化させる団体に出資する。
自らそういう団体を立ち上げる。
売電システムや制度を本格化させる。
同時に節電生活を推奨させる。
電力会社の解体や、新規参入も認めるよう運動する。などなど...
試しにそんな全体的なロードマップを数年単位で書いてみて、
「これだけやれば今の原発は止めらるんです。だから皆さん一緒にデモしましょうよ!」
そんな訴えかけがあれば、自分も参加してみようかなという気になります。
そういう説得力があれば、受け取る人たちの市民の雰囲気が変わってくるかもしれません。
それが彼らのとって勝利に近づく近道のようにも思えます。
ちょっと抽象的なことを言います。
世界で唯一の被爆国日本で、チェルノブイリかそれ以上、もしかして世界最大の原発事故が起きてしまった。それもチェルノブイリという完全な人災ではなく、地震・津波という自然災害が発端となって起きてしまった。
何かとても象徴的な気がします。
神様から、日本人たちよ、お前たちの技術力で原子力以外の世界に役に立つ電力技術を開発しなさい。
と言われる気がしてならない。
一時期、狭い国土のなかで公害と闘ってきた日本は、世界に冠たる低公害車を開発し、世界に貢献してきました。
京都議定書やハイブリッドカーなどこの分野で世界をリードしてきたのもそういう経験や技術や“心意気”があったからかもしれません。
つまり、
大きな時流と危険性を持つ勢力に対し、そのカウンターとなるような、デメリットを消す代替の技術や勢力を生み出す力が日本人にはあるような気がします。そして日本人にはそういう開発や努力が向いてる気がする。
日本人はこの震災という大困難において、国民としてまたひとつ大人になった気がします。
もう昔のような声を張り上げるだけの反対運動の時代は終わりました。
ほんとに社会に影響力を持つ、説得力がある、そして未来を感じさせる社会運動に期待したいです。
[RDS-30] サーベイメータ 放射能測定器 ガイガーカウンター インスペクター 線量計 放...

¥175,350
楽天