孫禄堂は、郭 雲深から形意拳を学び、程廷華から八卦掌を学びました。

既に武術界では達人の呼び名も高かった孫禄堂ですが、学ぶ意欲は非常に高く、向上心は、留まることを知りません。

 

楊式太極拳を見て、素晴らしい術理を観取った孫禄堂は 楊式太極拳を学びたい と申し出たと言う話があります。

しかし、楊家からは拒絶されていたと聞いたことがあります。

当時の武術家ですので、おいそれと家伝の武術を教える事は無かったようです。

 

ここで 郝 為真 の登場です。

郝 為真 は武式太極拳の正当な伝承者です。

 

北京に出て来た 郝 為真 は知り合いの 楊健候(楊式太極拳第二代)に連絡を取りますが、冷遇されたようです。

 

そんな中 郝 為真 は病気にかかり、どうにもこうにもならないところ、手を差し伸べたのが孫禄堂です。

孫禄堂 の手厚い看病で 郝 為真 の病は完治します。

 

そんな縁があり 孫禄堂 は 郝 為真 より、武式太極拳を学べることになります。

武式太極拳は 陳式太極拳の小架(陳清萍) 楊式太極拳(楊露禅) と当然、武式太極拳(武禹襄)のハイブリッドです。

少し脱線しますが、武式太極拳は後代の楊式太極拳にも影響を与えています。

 

当時、孫禄堂は50代であったとされますが、土が水を吸収するように 郝 為真 の教えを吸収し、全伝を授かります。

 

孫禄堂が、武式太極拳を学んだのは、僅かに数か月と言われています。

数か月で何が学べる?と一般手的には思われますが、半生を掛け、形意拳と八卦掌を学んできた孫禄堂には、武式太極拳の教えが手に取るように理解できたのはないでしょうか。

 

孫禄堂はこの段階で、形意拳、八卦掌、太極拳の3流派を収める事になります。

達人中の達人であった 孫禄堂 は各々別の流派であった、3流派の共通点に気づきます。

そして、内家拳と言う概念を打ち立てます。

形意拳、八卦掌、太極拳の共通する根本原理を謳い、孫禄堂以降、内家三拳として、形意拳、八卦掌、太極拳は弊習されることが増えていきます。

 

孫禄堂が収めたのは武式太極拳ですが、この武式太極拳を元に形意拳、八卦掌の要素を融合し、新たに孫式太極拳を創始します。

 

太極拳五大流派の中では、最も新しい太極拳になる孫式太極拳です。

孫式太極拳は、動作の幅が比較的小さい、精巧で無駄がない、動作に開合手を多用する、軽快で機敏な歩法を使う事から、開合活歩太極拳と呼ばれます。

 

この孫式太極拳は孫禄堂直系の物が日本でも学べます。

 

全ての情報が正しいとは断言できませんが、これにて太極拳の歴史は終了です。

 

太極拳は元々、陳式太極拳のように武術色が強かったのですが、ゆっくりと拳を練り、意念を使い、また太極思想のように道教的な要素が内包されている事から、健康色の強い気功とも融合していきました。

 

太極拳は、生きるか死ぬか、の中で練り上げられた拳法ですが、強くなるために、ゆっくりと丁寧に動くことを選択した、非常に特徴的な拳法です。

その繊細さは、他の拳法の追随を許さず、どの太極拳も独特の風格を備えています。

 

今となっては、太極拳と言え、健康、気功と言われるようになってしまい、個人的には残念に思っています。

 

しかし、正しく武的に練れば、身体的面でも、より健康に寄与できる事は間違いありません。

 

ですが、現在では太極拳は、体操化し身体構造を無視した指導をする方が増え、太極拳で身体を壊す方も増えています。

 

この時代に、本格的で武術的要素を備えた太極拳を探し出すのは、とても難しいですが、今でも確実に良い太極拳は伝承されています。

 

このブログを閲覧されて、太極拳に興味を持たれた方は、是非とも本格的に太極拳を学ぶ事をお勧めします。

 

終わり

 

孫禄堂は、郭雲深より形意拳を学び、武術家として大成します。

 

しかし、孫禄堂の修行はまだまだ続きます。

 

比較的、剛的で、直線的である形意拳ですが、孫禄堂は形意拳の他に、郭雲深の友人の程廷華より、八卦掌を学ぶ事になります。

 

この、程廷華も近代中国武術史の中では必ず達人として名が挙がる武術家です。

 

八卦掌の特徴は歩法と螺旋にあります。

 

歩法は、円周上をクルクルと回るように歩きます。

イメージ的には、人の周りをグルグル回るように歩きます。

この歩法を走圏(中国では 走=歩 らしいです)と言います。

 

八卦掌は、この走圏を最も重要視していて、とにかクルクルと歩き回る拳法です。

 

この歩き回る中で、上体に捻りを加える事で、身体中に螺旋の力を発生させます。

歩きながら螺旋を発生させるので、竜巻のような豪快な螺旋を生み出します。

 

八卦掌はこの巧みな歩法と、螺旋力で戦う拳法です。

拳法ではありますが、拳よりも掌を多用する為、八卦掌と言います。

 

多様な武器術があるのも八卦掌の特徴です。

 

孫禄堂は、郭雲深と程廷華の名を辱しめる事はありませんでした。(負けなし)

 

孫禄堂は体が小さかった為、人と対する時は正面に立たなかったと言う話もあります。

 

八卦掌の戦い方は、常に歩き回る遊撃戦で避正斜撃(相手と正対せず側面から技を用いる)を原則としており、身体の小さかった孫禄堂には必要な技術だったと思われます。

 

八卦掌は軽功にも優れており、その流れは孫禄堂にも引き継がれ、猿のように身が軽かったと言われます。

孫禄堂の軽功は凄かったらしいです。

 

孫式の八卦掌は他の八卦掌に比べ非常にシンプルな体系になっています。

それは形意拳と重複する部分は八卦掌の体系としては省いたからだと思われます。

 

孫禄堂は八卦掌を学んだことにより、形意拳と八卦掌を収める事になります。

 

そしていよいよ、内家三拳最後の太極拳を学ぶ事になります。

 

追記

 

程廷華は、達人中の達人です。

中国武術を嗜む者には、広く名を知られています。

近代の人なので、具体的な話が残っています。

程廷華は眼鏡屋を営んでいたので 眼鏡程 と呼ばれていました。

 

程廷華の武術談は、残酷で豪快です。

 

当時の北京は群雄割拠、ヨーロッパ勢(8か国連合)が侵攻してきており、北京の治安はひどい物でした。

説には、女性が暴行されていたとか、程廷華が自身が尋問されたとかの話がありますが、程廷華は、銃火器を帯びたドイツ兵と戦ったようです。

その時、素手で戦ったとか、刀を持っていたとか、いくつかの説があるようですが、銃火器を持った相手を、程廷華はバッタバッタと倒していったらしいです。

 

さすが、武術史に名を遺す達人、近代装備の兵隊、相手に見事な戦いぶりです。

 

しかし、逃げる時、屋根の上で銃撃を受け、絶命したとされています。

 

亡くなった時は50代とされています。

 

このような戦争が無かったら、程派の八卦掌の伝承も、もう少し違った形の伝承になっていたかもしれません。

残念でなりません。

 

続く

禅密気功の真髄は瞑想です。

 

禅密気功の瞑想は密教や禅の功法、理論を参考とはしていますが、宗教ではありません。

個人的には、宗教でないぶん禅密気功の瞑想は志が高く、そしてより困難だと感じています。

 

禅密気功を習うには入会する必要があります。

入会した後は、皆さん自宅から教室に通われます。

多くの会員の方は週に一度教室に通われますし、我々のような遠方の会員は週末に行われる集中講座に参加します。

 

そのなかでも、ある一定の時間を確保して練習をしたほうが効果的な瞑想等は週末と祝日を利用し3~5日程度集中的に瞑想を行ったり、良い環境で気分を変え、気功を練習するためと短期の合宿であったり、気功文化を学ぶため旅行を兼ねた、中国研修旅行等が催されます。

 

要は禅密気功では多少籠ったるはすることはありますが、宗教の出家信者のように世と隔絶した環境に身を置きません。

会員の誰もが、実社会を構成する一人であり、実社会の一員である事が生活の保証となっています。

 

よって、禅密気功で修行の為に、仕事をやめろとか、世を捨てどこかに籠りなさいなんて事は決して言いません。

どーしても、どこかに籠りたいとか、どうしても仕事を止めて修行したい方を、止める事も無いかと思います。

 

実は安定的な生活をすることは瞑想にはとても大切な要素です。

 

仏教等の出家信者と禅密気功の一般的な会員の瞑想環境を比べると、環境的には圧倒的に仏教等の出家信者が有利です。

出家信者の方が仕事をしていないとは言いませんが、やはり私たちのようにストレス社会にはさらされていませんし、食についても質素ですが保証されています。

何より、修行の時間が確保されています。

 

しかし、環境的には圧倒的に有利な出家信者の方々ですが  実  と言った観点から両者を比べた時、圧倒的に有利な環境面を覆せるだけの体系が禅密気功にはあると思います。

 

世にある、宗教、禅、瞑想、気功文化に多くが形骸化して儀式的になってしまったのに対して、禅密気功は奇跡的に形骸化するのを逃れています。

 

よって、禅密気功には意味のない苦行はありませんし、死ぬ気で頑張るとか、根性等とは無縁です。

数少ない功法と数少ない要点を確実に守り実施する事で、最短で効率的に練習ができます。

 

ですから、瞑想の段階、境地だけで言えば、宗教で出家した人達と比べても決して劣っていないと思います。

 

しかしこの辺りから、宗教家の人たちとは圧倒的に違う部分が出てきます。

かたや、自分たちの宗教の世界の中で永続的に生活する人々と、素晴らしい境地に達してもそこから現実社会に戻って行かなければならない人との違いです。

 

宗教家の人たちは、安定した環境の中で比較的、心の乱れがありませんが、私達は、一度心が安定しても、生き馬の目を射抜くような厳しい世界に戻り生きていかなければいけない人。

 

前者は安定した心の状態を維持できますが、後者は心が安定を維持するのは至難です。

ただ、社会的に意味があり、実践者であると言えるのは後者である私達です。

宗教という世界観の中で生きる人と、実社会と実践的に関りを持ち厳しい中でも気功、瞑想を嗜みそこで得られた物を現代の価値観でも通用するよう還元していく人。

どちらが素晴らしいかと言えば、自分はやはり後者の人たちだと思います。

 

しかし、それは生半可な事ではありません、私が禅密気功の瞑想が難しいと言ったのは閉ざされた社会でなく、開かれた社会の中で実戦していく気功、瞑想だからです。

 

禅密気功で求める物は心身の健康であり、極まれば極まるほど、どんどん普通になっていきます。

 

この 普通の中の普通と言えば、誰にも確実の実現できる可能性があります。

しかし、この普通の中の普通は、世を捨て、どこかに籠り修行するより、はるかに難しいと思います。

 

禅密気功を行う人は全てこのような高い境地を目指す必要はありません。

正直、自分なりに楽しめればそれが一番いいと思います。

 

しかし、禅密気功には現時点で私が一番難しいと思う、普通の中の普通を目指すだけの体系が備わっているのも事実です。

 

世には本当にいろんな瞑想がありますが、実社会の中で普通の中の普通を目指す、瞑想は聞いたことがありません。

 

興味のある方は、ご自分のペースで試して確かめてみてください。