重厚で充実感のある瞑想ができるようになり、日々の瞑想に張が出来ました。

しかし、ここでまた問題が発生します。

 

せっかく、手に入れた感覚が何だか薄い感覚へと変わっていきました。

あれほど重厚感があった瞑想も、少しずつ薄まっていきます。

感覚がなくなった訳ではありません、しかし物足りない感じがします。

今までボロネーゼのパスタを食べていたのに、いきなり精進料理になった感覚です。

濃い味に慣れた体は、濃い味を求めました。

しかし、味は薄いままです。

この身体の感覚が徐々に薄くなる現象は、以前、朱剛先生から伺っていたので、あー来たなと思いました

 

しかしまた変化が表れます。

薄い感覚はさらに薄くなっていき、身体の末端に痺れが出てきました。

そして、その痺れさえも無くなっていきます。

徐々に体の端末から身体感覚が消えていきました。

正座して足が痺れた時、足の感覚がなくなるのと少し似ています。

 

座ると薄い感覚がして、そして体の感覚が端から消えていきます。

身体の感覚はほぼ無い中、自分の意識だけが際立っているようで、非常に不思議な感覚です。

自分の意識だけしかないような時は、非常に時間が経過するのが早く、アッと思うと30分ほどが経過しています。

 

そしてたびたび、意識さえないような感じになります。

後で感考えると、気を失っているのか、寝てしまっていたのか?

と思う事も度々ありましたが。

寝てしまっている感覚とは違うのです。

身体も意識も無いですが、何となく認識はしているのです。

ですから仕事の開始時間にはパッと瞑想から覚める状態でした。

 

瞑想の段階としてこの、身体感覚が無く、意識の感覚のな状態の事を何と呼ぶのかは分かりません。

 

しかし、瞑想をするとほぼ、身体感覚が無く、意識も無いような状態になることが非常に多くなりました。

そして、瞑想から覚めた瞬間に、重い気感がどっと体の中に流れるような感覚が出ます。

その瞬間、非常に穏やかで心地よい感覚になります。

 

結局、朝のリセットは毎朝行われる結果となり、自分ではなくてはならない時間となっていきました。