2か月前に買った腕時計。

一目惚れだった。

 

文字盤の部分が星空になっていて、

今現在の星空が表示される。

 

 

私の基準では、自分のアクセサリーに、この価格はとても高価。

1か月ほど悩み、今年のゴールデンウイーク、

意を決して、銀座のショールームに緊張気味に出かけた。

 

この時計に恥じないだけの品格を備えた人間に

なっていきたいと思う。

 

星へのあこがれは、子供の頃からずっとあった。

いつも、夜空を見上げていた。

星が見えていればいいし、見えていなくてもいい。

夜空を見上げると、気持ちが安らぐことに気が付いていた。

 

好きな歌詞の一節。
Like a dream that's somehow linked to all the stars above
- Still I dream of it by the Beach Boys
「天上のすべての星に何かしらつながっている夢のように」
 
私たちは、全宇宙、星空を含めて生きている存在であるし、
その位置づけを見据えて、自分の使命って何だろう、
と夢想して楽しむ今日この頃。
 

この腕時計を仕事に付けていくことは、いったん躊躇したが、

あえて付けていくことにした。

 

腕時計が傷ついてもいい。それが私の人生だ。

2か月使用しただけだが、すでに傷多し。

 
腕時計全般には少し思いがある。
この前に付けていたのは、父の形見のものだった。
太陽電池で電波時計なので、20年間、ほぼ完全に動いていた。
 
今回、新しい時計に乗り換えたわけだ。
日付表示はない。3年に1度、有償で電池交換。視認性は良くない。
 
それでも、この腕時計と出会えて、良かったと思う。
私は何か、自信らしきものを授かった気がする。
 
毎日、公私で厳しいことがある。
目の前の厳しさを投げ出すのではなく、
この時計を見ながら、こんなふうに考える。
 
この時計を付けているような人ならば、
こういった厳しさにも、
どうにか対処できるだろう。
 
いまの時間はこんな星空なんだな。
さあ、自分。物事をどう進めようか?

 

 

根性論の

世間一般の評判が良くない。


根性論でなくても、

自分の考えを

他人に押し付けるのは

論外ではあるが、
 

私は自分の中にだけ、

自分の根性論を復活させる。

 

私にとっての根性論は、

負け戦を覚悟すること。


覚悟とは、

 

危険なこと、不利なこと、困難なことを予想して、

それを受けとめる心構えをすること。

(goo国語辞書より)


覚悟して、
現在の居心地の良い環境を諦めて、

そして、自分で未来を

切り開いていく。

 

コンフォートゾーンからの離脱。


最近はやりの、
優れた仕組みや体制を使って、

居心地のいい環境で、

自分の成長を促進していこう

とする流れには、

根性論は不要。

 

ただ、この仕組みでは、

覚悟が醸造できるかはわからない。

 

覚悟を醸造したい。

覚悟を臨界点まで熱したい。

それが私の目標だ。

 

人を追い込む状況を

作らないための流れが、

優れた仕組みや体制である。

 

その流れに相対する方向。

時代遅れで結構だ。仕方ない。


根性論の領域には、

理不尽が付きもの。


理不尽を整理していくこと。

ここに大きな負荷が発生する。

不安の苦痛の原因になる。

 

自分に負荷をかけて、

それに耐えながら、

前進していくこと。


その継続的な耐性を

作っていくこと。

 

昨日、先月、昨年

できなかったことが、


日々の苦労の中で取り乱さず、

いろいろと試行錯誤して、

工夫して、


今日、今月、今年は

できるようになってくる。

 

そして、

できたことは、即座に手放す。


何もできない状態に立ち戻り、

次のことへと前進していく。

 

コンフォートゾーンからの離脱を

継続的に行っていく。

 

そして、

覚悟の純度を上げていく。


それが成長だと思っている。

 


窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ)
《「塩鉄論」刑法から》

追いつめられた鼠が猫にかみつくように、

弱い者も追いつめられると強い者に反撃することがある。

 

(goo国語辞書より)

 

ここには、

極めて純度の高い覚悟と、

諦めを持った、


弱き者の成長の飛躍が

みられる。


自分を追い込む状況を

作っていく。

 

一番欲しいものは、飛躍だ。

段階的な成長では物足りない。

 

飛躍を誘発するための

自分への負荷のかけ方。


それを見極める必要がある。

 

飛躍には、

不可能へのチャレンジがある。


不可能ごとを可能にしていく、

自分がどう仕上がっていくか、

傷だらけでも笑っていられる自分、

そんな自分に会えるのが

楽しみになる。

 

たとえば、

ブラック企業での根性論。

自分の能力以上のことを

やらされる。

口先で。無責任に。

 
危険の見極めの方法。
 
ブラック企業や関連案件で、

罵倒やパワハラなどの

ハラスメントがある場合は、

それは根性論とは違う。


バカに付き合うことはないので、

サヨナラしよう。

 

でも、失敗しても成功しても、

何も誰も触れない、

放置の場合は、


それを

トレーニングのフィールド

としてしまうのもアリだ。

 
腹立つことも多いが、
そんな状況を
乗り越えてしまうことも有効だ。

それに対処できる人間に
なっていく。
 
理不尽な状況において、
あえて自分から主役を取りに行く。
自分が状況を
コントロールできるようになる。
 
理不尽を乗り越えること。
理不尽を整理できる人間になること。
理不尽を整理して、

普通の人たちには、
整理された、きれいなタスクを
渡してあげる。
 
そんな役割もある。
だれもやりたがらない。

だれもできない能力を向上させる。

普通の人がやりたがらないのは、
評価の数値化がしにくいからだ。
 
グレーゾーンを突き進むことになる。
結果が出にくい。
結果が出るまでに時間がかかる。
結果が出る前は、
回りの人間から
誹謗中傷があったりする。
普通の人たちは、
評価しにくい人間を
責めるのが大好きだ。
 
ただ、
この先に私たちが見るのは、
自分が超能力者になったとも
思えるぐらいの
自在無碍の世界だ。
 
能力が向上した状態に到達し、
まだ腹立つならば、
 
あなたはすでに主役に
なっているので、
別の企業にでも
正当な評価で転職すればいい。
 
あなたはすでに、
高い調整能力を持つ
人間になっている。
 

弱い立場から始める。

不利な立場から、

人にばかにされる立場から、

不安な立場から始める。

 

これらに持続的に

耐えられる人間に成長すること。

 

これらに耐えるために必要なのは、

強靭な精神力ではない。

 

弱きものに共感する感情だ。

 

そこに、

今の自分では気づいていない、

自分の隠された能力が眠っている。

 

私も、自分の成長を感じると、

すぐに傲慢になる。

傲慢をくじくこと。

 

人の弱さに共感するためには、

自分の中に確固とした信念が

必要となる。

 

強くなくていい。

誠実であれ。


私のアダルトチルドレン歴を

参考までに書いておこう。

(昨晩まで、いろいろ追記したが、

まずは事実だけに戻す。)

 

同じ苦しみの人がいれば、

参考になれば幸いだ。

 

ちなみに、

私は本来の意味での

アダルトチルドレン、


アルコール依存症の親を持つ

アダルトチルドレンだ。

 

10歳:母の浮気旅行に連れていかれて、情事の現場を目撃。

いまだに普段から

フラッシュバックする情景。

 

10歳あたりが、

私の人生の苦悩の始まりだったと思う。

勉強に興味がなくなり、

身なりも整理整頓もできなくなる。

 

目撃後、精神の大混乱のうちに、

母の浮気相手と、

けなげに普通を装い会話する

10歳の子供。

 

誰にも相談できずに、

大人になっていく。

45年間は長いか、短いか。

 

ことの発端。ここまで至った経緯

 

その数年前、
父、事業失敗。清算のため、

単身赴任で不在。
母、夜遊び開始。

スナックで深夜働く。


そして、母の飲酒が止まらなくなる。
スナックでの終業後、

毎朝3時45分ごろにタクシーで帰宅。
泥酔して、トイレに顔を突っ込み、

吐いていることがよくあった。

昼間の母。

 

小学校から午後に帰宅し、
近所のスーパーにビールを

買いに行くのが

小学校高学年の私の日課。

 

昭和50年当時360円の

瓶ビール大瓶2本。

すでに泥酔した母から、

1000円札を渡され、

残りはお小遣い。

 

母への手伝いだと思い、

率先して行う自分。

素朴で明るく朗らかで優しかった母は、
10年もしないうちに廃人となる。

16歳:母46歳、アルコール依存症、肝硬変で逝去。

「あんたはいつも、私を無視する」

母との最後のやりとり。

怒りの表情で私に言い、

私は無視した。

母の死の数日前、病院にて。

 

母の逝去以降は、父が、

ずっと男手一つで私を育ててくれた。
父として、母の代わりとして。

親友として付き合ってくれた。
そんな父を世界一尊敬し、感謝した。

36歳:父74歳、肺炎で逝去。
37歳:結婚。子供はおらず。


46歳:母の享年と同じ年齢になり、母のことを再考する。

そこで初めて気づく。

映画のようなどんでん返し。

 

そもそも、

 

妻がアルコール依存症になるまで、
旦那が妻を放っておいた

ということこそが、

異常じゃないか?

 

ということに気付く。

それで幼児期の思い出がよみがえる。

父こそが、家族にモラハラを続け、
家族を共依存状態にしていたこと。

 

父は、長い間、私を

意図的に巧妙にコントロールし、

真実を誤って伝えたこと。

 

だから、

問題が複雑化してしまい、

長い間、

目を覚ますことができなかったが、

 

父の死後10年がたち、

やっと、父の影響も薄れてきて、

父の言動の破綻が

見えるようになってきた。

 

その認識をもとに、

自分の人生を再整理した。

 

自分を変えるために、

死ぬ気で自分と格闘し、

整理した5年間。

 

そして、

やっと断酒に成功。

 

52歳:アダルトチルドレンのカウンセリングを受ける

 

状況を理解できる専門家に相談できたことで、

最終的な整理ができたと思う。