同時代史(ちくま学芸文庫):タキトゥス | 夜の旅と朝の夢

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同時代史 (ちくま学芸文庫)/筑摩書房

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前回はタキトゥスの『年代記』でしたが、今回は『同時代史』を紹介します。『年代記』では、ティベリウス帝からネロ帝が死去するまでの歴史が描かれていましたが、『同時代史』はそれよりも後の時代を描いた歴史書になります。

ちなみに『同時代史』の原タイトルは「Historiae」。直訳すると「歴史」となりますが、『年代記』と異なりタキトゥスが生きた時代が描かれているという理由で訳者がタイトルを『同時代史』としています。ですので、古代ローマの概説書などには、本書のことを「タキトゥスの『歴史』と書いていることもあります。

第5代皇帝ネロは自身の暴政の結果、68年にウィンデクスというガリアの属州総督による反乱を招きます。この反乱自体は、ネロに派遣されたウェルギニウス・ルフスによって鎮圧されますが、ウィンデクスに同調したヒスパニアの属州総督ガルバは、自ら皇帝を宣言し、ネロを見限った元老院の要請もあり、ローマへと進軍。このときネロを味方するものはほとんどおらず、ネロは戦うことなく逃亡し、自殺します。一方、ガルバは第6代皇帝としてローマ市民と元老院に承認されることとなります。

そして年が明けた69年1月1日からタキトゥスは『同時代史』を始めます。一応、69年以前の経緯についても語られていますが、今一つ状況を掴み辛いので、本書を読む前に少しローマ史を勉強しておいた方がいいと思います。

69年は、4人のローマ皇帝が次々の擁立されたため「四皇帝の年」と呼ばれています。最初の一人がガルバですが、1月15日に協力者であったオトに殺害され、あっという間に『同時代史』から姿を消します。

その後、オトが皇帝の座に就きますが、その時既に、低地ゲルマニア軍団の司令官ウィテッリウスが皇帝を自称しローマへと進軍していました。オトはウィテッリウスに対して打って出ますが、北イタリアのクレモナで敗戦。まだ、挽回の余地があったのにも関わらず、市民間の流血が続くことを避けるために自決。タキトゥスがこのオトの自決を絶賛していることもあって、本書の中でも特に読み応えのある場面といえるでしょう。

その後、ウィテッリウスが正式に皇帝となりますが、内戦は終わりません。ウィテッリウスは、はっきり言って無能で、人心を失い、各地で反乱や暴動が起きます。そんな中、シリアでユダヤ人と戦っていたウェスパシアヌスは、当時名声を誇っていたシリア総督のムキアヌスと手を組み、皇帝として名乗りを上げます。対ユダヤにはウェスパシアヌスの長男ティトゥスを配置し、ムキアヌスは陸路でローマへと進軍、ウェスパシアヌス自身は、帝国の食糧庫として重要なエジプトを手中に収めます。

ムキアヌス軍とテッリウス軍はまたもクレモナで戦うのですが、これはムキアヌス軍が勝利し、そのままローマへと駆け上がります。ムキアヌス軍はローマを奪取し、ウィテッリウスは逃げまどいますが、結局は捕まり、殺されてしまいます。そして、12月21日、ウェスパシアヌスは元老院から正式に皇帝として承認され、長く重厚な69年が終わります。

しかし、69年が終わっても、内戦が全て終結したわけではありません。ガリアとユダヤでは、まだ反乱の火が燃えています。タキトゥスの筆はそれらの戦いへと移っていきますが、残念ながら、その途中で終了。残りは欠落していて、読むことは叶いません。

史実では、ウェスパシアヌスは70年にガリアとユダヤを平定。内戦を終結させて、ローマに平和を戻します。ウェスパシアヌスの死後、皇帝は、長男ティトゥス、次男ドミティアヌスに引き継がれます。いわゆるフラウィウス朝の時代になるわけですが、それもドミティアヌスが暗殺されてしまい短命に終わります。その後は、いわゆる五賢帝時代となり、ローマがその頂点を極めていきます。

『同時代史』は、ドミティアヌスの死までが書かれていたと言われていますが、現存しているのは、上述のようにローマ内戦の箇所だけで、1年と少しという短い期間が描かれているだけです。しかし、内容が薄いと思ったら大間違いで、非常に重厚で読み応えがあります。

『年代記』が、様々な時代の裁判や陰謀などを描くバラエティに富んだ幕ノ内弁当系だとすれば、『同時代史』は戦争に特化したキャベツすらない豚カツ弁当みたいなものでしょうか。とにかく、戦闘に次ぐ戦闘で、これでもかというくらいに古代ローマの戦闘が堪能できます。というか、堪能しすぎて、胃もたれするくらいです。しかし、二千年も前の事情がここまで詳細に分かると思えば、胃もたれしても食べるしかないでしょう。

あと、ユダヤとの戦い(ユダヤ戦争)の記述では、旧約聖書とは異なるユダヤ人の起源の説明などもあって、中々興味深い内容でした。