年代記(岩波文庫):コルネリウス・タキトゥス | 夜の旅と朝の夢

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今回は、前回と同じく古代ローマを代表する歴史家であるタキトゥスの著作から『年代記』を紹介します。

タキトゥスの生没年は正確には分かっていないようなのですが、おおよそ55年から120年くらいまでを生きた人物だったようです。55年から120年まで生きたとする仮定すると、第五皇帝ネロの治世で生まれ、1年間に4人の皇帝が擁立された四皇帝の年を含むローマ内戦を少年時代に経験し、フラウィウス朝を経て、五賢帝の一人ハドリアヌス帝の時代まで生きたことになります。

本書『年代記』は、タキトゥスが生まれるより前の二代目皇帝ティベリウスの時代からネロが暗殺されるまでの歴史を描いたものです。カエサルや初代皇帝のアウグストゥスではなく、ティベリウスから始めるのは中途半端な感じも受けますが、タキトゥスによれば、アウグストゥスまでの歴史を描いた著作には素晴らしいものが既に多くあるため、今さら自分が書く必要がないということらしい。ただ、その素晴らしい著作が何のことかは分かりません。

『年代記』は岩波文庫版では上下巻に分かれていますが、原文では全部で18巻あったとされています。しかし、現存するのは、その3分の2程度。欠損部分には、第三皇帝カリギュラの全てと、第四皇帝クラウディウスの初期の部分、そして第五皇帝ネロの最後の部分などが含まれています。どれも痛手ですが、特にカリギュラ帝の時代に関することが全て抜け落ちているのは残念ですね。とはいえ、欠損部分の記載は、訳者が他の文献などに基づいて補っていますので、あまり気にせず読むことはできます。

タキトゥスは、本書を執筆するにあたり、出来事を1年ごとに順に記述するいわゆる編年体と呼ばれる記述法を用いているため、現代の歴史書のように一つの出来事(例えば、ポエニ戦争とか)の流れを記述するものにはない、多少の読みづらさはあります。

また、異民族とどのように戦ったかなどという記述もあるにはあるのですが、基本的には、皇帝やその親族、そしてローマの権力者が行った裁判や陰謀、そして残虐行為や不正などを逐一挙げていく形になっていますので、人によっては退屈を覚えてしまうかもしれません。しかも、実際にタキトゥスからして、これだけ続けると飽きちゃうかもね、などと言っているのである。

しかし、皇帝たちの傍若無人で残虐な行動や、そんな皇帝や権力者たちに阿諛追従し、ちっぽけな利権や保身のために中傷や讒謗を繰り返す人々の卑小さには、人間の負の面を抉り出した悪漢小説のような面白さがあります。そして、そんな負の側面が多く描かれているが故に、セネカのような数少ない誠実な人間の行動に心打たれます。

まあ、皇帝の言動にしろセネカの言動にしろ、あくまでもタキトゥスの視点(親元老院、親共和制)から描かれたもので、どれほど信憑性があるかは分からないのですが、その辺りのことは専門家に任せて、普通の読者としては、一篇の歴史小説のように読めばいいのではないかと思います。

個人的には、ネロ皇帝の記述、特にキリストについての言及があることでも有名なローマの大火に関するエピソード(下巻の259頁から272頁)が最も面白かったですが、様々なエピソードが描かれていますので、人それぞれのお気に入りエピソードが見つかるんじゃないかなと思いますので、ぜひ読んでみてください。