キケロー弁論集(岩波文庫):マルクス・トゥッリウス・キケロ | 夜の旅と朝の夢

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キケロー弁論集 (岩波文庫)/岩波書店

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今回は一旦キケロに戻って、『キケロー弁論集』を紹介します。タイトルでは、「キケロー」になっていて、その方がより正確な発音に近いのですが、以下では、キケロに統一します。

本書には、キケロの弁論を4篇収録しています。弁論は、今でも法廷の場や弁論大会のような教義弁論として残っているわけですが、古代ローマでは今とは比べ物にならないくらい重要なものでした。裁判での判決や民会や元老院での決議では、弁論により多くの裁定者やローマ市民などを惹きつけた人の意見が採用されるからです。

帝政になると、皇帝が実質的に支配していますので、その重要性も落ちていったようなのですが、共和政時代には、弁論の腕は政治家にとってなくてはならないものでした。そんな弁論家がひしめく古代ローマにおいて、最大の弁論家と言われたのがキケロです。

本書には、キケロの代表的な弁論が4篇収録されています。

【カティリーナ弾劾】
ローマ転覆を企てていたカティリーナの陰謀を暴き、カティリーナ一味をローマから追放することに成功した弁論、キケロは、この成功により通常は軍人にしか与えられない「祖国の父」という称号を与えられ、人生の絶頂へと登りつめます。第一演説から第四演説まであり、カティリーナ一味を徐々に追い詰めつつ、追い詰めた自分を自画自賛していきます。後半に行くにつれ、のりにのってくる感じが微笑ましくもあります。

『今日、国家は救済された。(中略)破滅の運命の入り口から逃れて、ご覧のように諸君らのもとへ無傷のまま戻ってきたのは、諸君に対する不滅の神々のかぎりない愛情とともに、わたしの苦労と思慮と危険な体験によるものである(P69)』

「わたし」とはもちろんキケロのこと。それにしても、自画自賛するだけでなく、神々の愛情と自身の苦労を同列に並べてしまうところにキケロの修辞学の腕が発揮されていますね(笑)

【アルキアース弁護】
アルキアースという詩人を弁護するための弁論。小品ながら、この弁論にはキケロの文学讃美が多く含まれていて、文学好きの私には非常に好感が持てる内容です。

『この学問(文学)は、青年の精神を研ぎ、老年を喜ばせ、順境を飾り、逆境には避難所と慰めを提供し、家庭にあっては娯楽となり、外にあっても荷物とならず、夜を過ごすにも、旅行のおりにも、バカンスにも伴となる(P131』

青年の精神を研ぐかどうかは良く分かりませんが、その他のことには納得。

【ピーソー弾劾】
キケロの宿敵の一人であるピーソーを弾劾するための弁論。最初の部分が欠落していますが、それでも本書の中で最も長い作品。ピーソーに対する非難と言うか悪口が炸裂しつつ、要所々々に自画自賛を入れ込むキケロの真骨頂。少し長過ぎて後半飽きてくるのは否めないのですが、キケロの弁論が最も端的に楽しめるものではないでしょうか。

それにしても翻訳者の『このような手前味噌を繰り返し聞かされたローマの人々に同情したくもなる(P408-409)』という言葉には完全に同意したいですね。

【マルケッルスについて】
追放の身であった保守派のマルケッルスがカエサルの恩情によりローマに戻れることになった際に、それを祝うとともに、カエサルの宥恕と同じく保守派の自分を讃える弁論。カエサルへの阿諛追従が多く、キケロに対して残念な印象を抱く弁論(笑)

個人的には、今一つイメージが湧かなかったキケロの性格が読みとれたところが収穫でした。名誉心に燃え、卓越した努力家であり、自分のことが大好きで口が悪く、少し日和見名なオッサン。カエサルのような人を惹きつける素質には欠けるが、非常に人間臭く憎めない男、それがキケロだと思います。

そんなキケロの言葉を一つ。

『この人々(資産家)は何しろ裕福なので、一見非常に気品のある様子をしているが、その要求と主張はきわめて下劣である(P58)』

「残業代ゼロ」法案に賛成を表明する人々の顔がなぜか浮かびます。