ガリア戦記(講談社学術文庫):ガイウス・ユリウス・カエサル | 夜の旅と朝の夢

夜の旅と朝の夢

~本を紹介するブログ~

ガリア戦記 (講談社学術文庫)/講談社

¥1,350
Amazon.co.jp

今回紹介する本は、ガイウス・ユリウス・カエサル(紀元前100-紀元前44)の『ガリア戦記』です。邦訳はいくつかありますが、今回読んだのは講談社学術文庫版です。

作者のカエサルは、歴史上の人物の中でも最も有名な人の一人でしょう。卓越した政治家であり、天才的な軍人でもあり、そして文章を書かせれば名文家と呼ばれ、演説も人並み外れて巧く、人心を掌握する術にも長けていて、その他にも色々と才能がある、まあとにかく途方もない人物です。

野心に燃えていた若きカエサルは、当時権力を振るっていた元老院に対抗すべく、軍閥を有するポンペイウスと経済力を有するクラッススの2人と手を組むことで、執政官(ローマの最高責任者)に就任。この二人と共に様々な改革を行っていきます。いわゆる三頭政治(第1回三頭政治)の始まりです。

その後、紀元前58年に執政官としての任期を終えたカエサルは、属州ガリアを含むいくつかの属州の総督に就任し、現地へと赴きます。

ガリアとは、『今日のフランスとベルギーの全部と、それにオランダの南部地方、ドイツのライン川以南地方、スイスの大部分を含んだ地域(P367)』のこと。紀元前58年当時、アルプス以南の地域とアルプス以北の極一部の地域は属州ガリアとして古代ローマに組み込まれていましたが、他の地域では、様々な民族が暮らしていました。

カエサルの属州総督就任後、ある事件が発生し、それを切っ掛けにカエサル率いるローマ軍とガリア諸民族との間でガリア戦争と呼ばれる戦争が勃発します。ガリア戦争は、紀元前58年から紀元前51年まで続きますが、結局カエサルがガリア全域を征服し、ローマの属国にしてしまいます。

本書『ガリア戦記』は、ガリア戦争の一部始終をカエサル自身がまとめた、後世の歴史家のための覚え書きという体裁になっていますが、実際は自分の宣伝文みたいなものです。カエサルが書いたものであるのに三人称を使っています。つまり、「カエサルは…」などとなっているわけですが、もちろんこれには理由があります。簡単にいえば、カエサルは客観的な記述を装って自分の評価を高めたいのです。

そのヤリクチがまた巧い。本書を丹念に読めば、嫌みなく自己礼賛を行う術を身に着けられるかもしれません。

例えば、嘘はつきませんが、だからといって馬鹿正直に全てを語っているわけではありません。都合の悪いところは基本的に書かれていません。そして所々で『カエサルは、武運の浮き沈みをよく心得ていたので・・・(P235)』などと自分をさらりと誉めます。

まあ、そんな技法的なところを除いても、本書は面白く、単純な軍記ものとみても十分読み応えがあります。特に、ガリア戦争の山場である7年目。それまでばらばらに行動していた部族をまとめ上げローマ軍に対して文字通りの総力戦に打って出るウェルキンゲトリクス率いるガリア軍と、ガリアのほぼ全ての部族が敵という状況で孤軍奮闘するカエサル率いるローマ軍との戦いは思わず引き込まれてしまいます。

そして、戦争の記述の途中(6年目の途中)で突然『ここまでやってきたとすれば、ガリアとゲルマニアの風俗、習慣について、両部族が相互にどれほど異なっているかを、ここで考察するのもそれほど場違いとは思えないのである』と言って比較文化論的なことまでやってしまうカエサルの着眼点にも感心させられてしまいます。

地名、部族名、人物名などのカタカナ用語が頻出するところが難ですが、本書には索引や地図がついていますので、それらを参照すれば大丈夫でしょう。あと当時のカエサルが置かれていた状況などは知っておくと便利ですが、知らなくても本書の解説に簡潔にまとまっていますので、解説から先に読めば問題ないと思います。

ちなみにカエサルの記述は7年目で終わっていますが、その後のガリア戦争の完全な終結までの2年間分は、ヒルティウスという人物が補っています。手に入れやすい『ガリア戦記』には岩波文庫版もありますが、この補充部分は訳出されていませんので、今回紹介した講談社学術文庫版の方がお得だと思います。