ロシア英雄叙事詩 ブィリーナ(平凡社) | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
最終回(第60回):『ロシア英雄叙事詩 ブィリーナ』

ロシア英雄叙事詩ブィリーナ/平凡社

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「ロシア文学の深みを覗く」というテーマを掲げて一年以上をかけて長々とロシア文学を紹介してきましたが、今回でようやく最終回です。最近は更新回数が減っていましたが、なんとか最後まで続けることができて安堵の気持ちで一杯です。

前にも書きましたが、「ロシア文学の深みを覗く」は現代作家ソローキンに始まり、中世の『イーゴリ遠征物語』に戻り、そこから現代へと駆け上がって、またソローキンまで進み、さらにソローキンよりも若いペレーヴィンを紹介しました。最後は、もう一度昔に戻ってみたいと思い、『ロシア英雄叙事詩 ブィリーナ』を紹介します。

ブィリーナについては、以前筒井康隆の『イリヤ・ムウロメツ』を紹介したときに少し触れましたが、ロシアの民衆の間で語り継がれてきた口承英雄叙事詩のことです。まあ、ロシアで語り継がれてきたといっても、実際にはロシアの一部の地域に限定されたもので、それが「発見」されたのは19世紀になってからです。

一口にブィリーナといっても、その内容は様々ですが、本書の編訳者の言葉によれば、本書に掲載されているものでブィリーナの類型は概ね掴めるようになっているそうです。

本書では、ブィリーナを以下の4つのパターンに大別しています。

1.太古の勇士たち
ブィリーナの中で最も人気の高いものは、ウラジーミル公が治めるキエフ(本書では、キーエフ)を舞台にしたものだそうですが、ここでは、それ以前の勇士たちが活躍します。本書収録作は3篇で、いずれも素朴な民話的な物語。強力無双でありながら、不遜なこと言ってしまったがために、その本領を発揮することができずに終わるスヴャトゴールの話には、信仰深いロシアの民衆の心が反映されている気がします。

2.キーエフの勇士たち
上述した最も人気の高い叙事詩群。その最大の英雄は、筒井康隆もリライトしたイリヤー・ムウロメツ。本書には、イリヤー・ムウロメツものが5篇、その他の物語が3篇収録されています。いずれもウラジーミル公を助ける英雄たちの物語です。キリスト教の守護者で偉大なはずのウラジーミル公がはっきりいって情けない男として描かれていて、そんなウラジーミル公と英雄たちの強さとの対比が面白い。個人的には、イリヤー・ムウロメツの晩年を描いた「イリヤーの三つの旅」が一番のお気に入り。

3.ノヴゴロドの英雄たち
ロシアの北西部に位置するノヴゴロドを舞台とした叙事詩群。3篇収録。キエフの叙事詩群と異なり、支配者がおらず、商人が活躍する点が特徴でしょうか。無法者ワシーリィのような悪漢が主人公になっていたりと、異色な感じを受けます。

4.勇士群像。
簡単に言えば、その他の物語ですね。地理的、時代的、雰囲気的なものは「キーエフの勇士たち」に近いと思います。7篇収録されていますが、その中で最も面白いのは、「チュリーラ」でしょう。ロシアの英雄たちを描いた画家の絵などに影響を受けているせいか、ロシアの英雄たちは大男で無骨、髭もじゃの偉丈夫という印象ですが、チュリーラは美男子にして伊達男。「見ほれて若妻は下着をしとどに濡らし・・・美しい乙女は被りモノを脱ぎ捨てる(P293)」と、それだけでも興味がわくところですが、ウラジーミル公の若い后にまで惚れさせるという話で、ユーモアもあって非常にいいです。

英雄叙事詩は比較的長いものが多いですが、ブィリーナはどれもあまり長くはありません。そのため、重厚さや荘厳さは他の英雄叙事詩と比べると落ちますが、シリアスなものからユーモア溢れるものまで幅広く、親しみが持てる話が多いですので、ぜひ読んでみてください。ちなみに、ソローキンの作品にも引用されていましたし、ブィリーナは現代ロシア文学の中で確実に生きていると思います。

上にも書きましたが、「ロシア文学の深みを覗く」はこれにてお終い。まあ、自分で読む本を決めているので、あまり意味のない区切りなんですけど、一応、ロシア文学の簡単な流れをつかめるくらいには紹介できたと思っていますが、どうでしょか?

次回からは、しばらく乱読でいきたいと思います。