イーゴリ遠征物語(岩波文庫) | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第3回:『イーゴリ遠征物語』

イーゴリ遠征物語 (岩波文庫 赤 601-1)/岩波書店

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今回は、ロシア中世文学の傑作とされる『イーゴリ遠征物語』を紹介します。

『イーゴリ遠征物語』は12世紀末頃に成立したとされる物語で、古ルーシ語という言語で書かれているそうです。古ルーシ語は現在のウクライナ語に近いそうなので、本当はロシア文学というよりウクライナ文学なのですが、このブログでは、ロシア文学やロシア小説の範囲を旧ソ連においていますので、ここではロシア文学の枠組みに入れておきます。ウクライナの方、ごめんなさいm(_ _)m

ヨーロッパの中世の文学といえば、ドイツの『ニーベルンゲンの歌』、フランスの『ローランの歌』、スペインの『エル・シッドの歌』、イギリスの『ベオウルフ』など、伝説や史実を元にした叙事詩が直ぐに思い浮かぶわけですが、本書は詩的なリズムを持った散文で書かれているそうなので、叙事詩ではありません。

「詩的なリズムを持った散文」というのが、古ルーシ語を知らない私にはよくわからないのですが、訳文を読む限り叙事詩とほとんどかわりませんので、叙事詩として読めばいいのではないでしょうか。

本書は史実を元にした物語で、同じく史実を元にした同年代の『ローランの歌』と並び称されることもあるそうが、『ローランの歌』と比べるとかなり短く、壮大さに関しては物足りない気がします。ただ、表現的には人の心に訴えかけるものがあります。

「フセーヴォロトは
 ここを先途と 斬り立てた
 名誉も 富も
 ふるさとの チェルニーゴフも
 黄金なす 父祖の御座も
 いとしの后
 うるわしの グレーボヴァナの
 閨の情けも 忘れつつ。(P42)」

諸侯の集まりに過ぎなかった「キエフ・ロシア」は、イスラム教系の遊牧民・ポーロヴェツ人に脅かされていた。

それを見かねた侯イーゴリは、諸侯にポーロヴェツ人討伐の激を飛ばし、「いさましき つわものどもを引き具して ポーロヴェッツの地に攻め入(P17)」った。

緒戦を勝利に導くイーゴリであったが、ちょっとした油断から軍は壊滅状態になり、イーゴリ自身もポーロヴェツ人に捕らわれてしまう。諸侯は落胆し、イーゴリの妻ヤロスラーヴナが嘆く。だがイーゴリは諦めず、脱走を企てて・・・

と、まあそんな感じ。ストーリーは少し分かりづらいのですが、史実を描いた歴史書『イパーチイ年代記』のイーゴリに関する部分が付録として収録されていますので、そちらを初めに読んでもいいかもしれません。

中世文学や叙事詩は、どうしても読みづらいところがあるのですが、本書は短い話ですので不慣れな方でも問題ないでしょう。というか、本書から中世文学や叙事詩に入るってのも一つの手かなと思いますので、興味がある方は是非読んでみてください。