紅い花 他四篇 (岩波文庫): フセーヴォロド・ミハイロヴィチ・ガルシン | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第27回:『紅い花』他4篇
紅い花 他四篇 (岩波文庫)/岩波書店

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今回はガルシン(1855-1888)の短篇集『紅い花』を紹介します。

本書解説によれば、ガルシンは、5歳から8歳の頃にトルストイの諸作品やチェルヌイシェーフスキイの『何をなすべきか』などに慣れ親しんだといいますから、かなり早熟な人だったようです。しかし、早い時期から精神疾患に悩まされ、結局33歳という若さで自殺してしまいます。そのため作品数も多くなく、全部で20作品程度しかないそうです。

ガルシンの作品の基調は基本的に暗く、人間の尊厳を守り通すことへの絶望感がテーマとして選ばれることが多いです。ですので、もしかしたら人を選ぶのかもしれませんが、個人的にはもう少し読まれてもいい小説家だと思っています。

さて本書には、「紅い花」、「四日間」、「信号」、「夢がたり」、「アッタレーア・プリンケプス」の5篇が収録されています。

【紅い花】
ガルシンの代表作として知られる1883年の作品。癲狂院(精神科病院)に入院させられた男の紅い花に対する憎しみを描いた作品。本作は、実際に癲狂院での療養を繰り返していたガルシンの体験も反映されているとは思いますが、癲狂院の実態を暴露した話として読むよりは、一種の寓話として読むべきでしょう。癲狂院はおそらくロシアの象徴であり、紅い花は悪の象徴だと思います。そういう観点から読むと、深く考えさせられる物語です。

【四日間】
露土戦争(ロシアとオスマン・トルコの間で行われた戦争:1877-1878)にガルシンが従軍した際の経験や見聞を基に執筆された作品で、銃撃を受けて死に瀕した男が死と向き合う物語です。セリーヌの「夜の果てへの旅」でも言及されていた、戦争において憎んでもいない敵に銃口を向けることの不条理も語られていることが個人的には興味深かった。

【信号】
1887年の晩年の作。本書の中では、最も小説らしい小説だと思います。信号手として働くことになったヴァシーリイとその隣人イヴァーヌイチの話。

イヴァーヌイチは正義感が強く、給料の天引きなどの不正に対して激しい憤りを覚えています。そして、それが耐え切れなくなったとき、イヴァーヌイチはあるテロ行為に走ってしまうのですが、それを見たヴァシーリイのとった行動とは?

テロという近年増々重要になっているテーマが描かれているだけあって、最も身近に感じられる作品かもしれません。

【夢がたり】【アッタレーア・プリンケプス】
これらの作品は、完全に寓話。「夢がたり」は動物の会話、「アッタレーア・プリンケプス」は植物の会話と、棕櫚の自由を求めた行動とその結末が描かれています。いずれも分かり易い寓話ですが、「アッタレーア・プリンケプス」の方が物語性もあって面白かったです。ちなみに、アッタレーア・プリンケプスは棕櫚の学名。

といった5篇を収録。やはり代表作の「紅い花」が頭一つ出ていると思いますが、他も作品も十分面白いです。特に「信号」の終盤はエンターテインメント的にもいいですね。

ガルシンの他の作品も読みたくなりましたが、持っていないので次はチェーホフに移ります。って似たようなことをついこの間も書いた気が・・・

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