現代の英雄(岩波文庫):ミハイル・ユーリエヴィチ・レールモントフ | 夜の旅と朝の夢

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【ロシア文学の深みを覗く】
第9回:『現代の英雄』
現代の英雄 (岩波文庫 赤 607-1)/岩波書店

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今回はレールモントフ(1814-1841)の『現代の英雄』(1840)を紹介します。

レールモントフは、27年という短い生涯を駆け抜けた天才的な詩人・小説家で、ロシア文学に多大な影響を与えたそうです。

レールモントフの本領は詩ですが、小説も少しだけあります。本書はレールモントフの小説における代表作で、ロシア初の心理小説とも言われています。

タイトルの中の「現代」とはもちろん執筆当時のロシアの「現代」のことです。タイトルに「現代」という言葉を入れたということは、本書が「現代」の独自性に密着した物語なのだと作者が表明していると考えていいでしょう。ということで、執筆当時のロシアの状況を知っておくことは、本書の理解の助けになると思います。

西欧と比べて遅れをとっていたロシアでは、長い間近代化を図ってきましたが、レールモントフが生まれた当時でも、ツァーリズムと呼ばれる絶対君主制が敷かれ、農奴と呼ばれる土地に縛られた農民が人口の大多数を占めていた中世的な社会が続いていました。その一方で、西欧から流入してきた自由と平等を旨とする思想が徐々に普及してきていました。

そういう状況の中で1825年に時の皇帝アレクサンドル1世が崩御すると、同年の12月、新皇帝ニコライ1世の宣誓式に合わせて、後にデカブリストと呼ばれるようになる貴族の将校を中心とする一群が絶対君主制の打倒と農奴解放を掲げて蜂起します。

しかし、デカブリストとその仲間たちは、ニコライ1世にたった一日で鎮圧されてしまいます。ロシア史上有名なデカブリストの乱です。

その後、ニコライ1世は、デカブリストの乱を彼なりに教訓として、検閲やスパイによる監視のような革命予防のための圧政を行ったため、ロシアは重苦しく自由のない社会になってしまいました。

そんな社会情勢において英雄となりうる非凡な人間はどのように生きざるを得ないのか、というのがおそらく本書のテーマだと思われます。

ペチョーリン。それが本書で描かれる非凡な人間の名前です。彼の日記には以下のようなことが書かれています。

「野心というものもおれの場合は周囲の事情で抑えつけられてしまっている(P179)」

「なんのためにおれは生きていたのだ? いかなる目的のためにおれは生まれたのか? だが、たしかに目的は存在していたのだ、たしかに、おれには高い使命があったのだ。なぜなら、現におれはおのれの魂のうちに無限の力を感じているからだ。・・・おれは、運命の手に握られた斧の役をいくたび演じてきたことか!(P230)」

高い使命と野心、そして無限の力を感じながら、周囲の事情によってそれが抑圧され、運命に翻弄されるペチョーリン。彼はどのように生き、周囲にどのように映ったのか?

作者を思わせる私が旅の途中で出会った二等大尉の思い出の中のペチョーリン、私が見たペチョーリン、そして、ペチョーリンの日記から抜粋された3つのエピソード。本書は、長編小説というより、これらの5つ物語からなる連作短編といった構成の中で、ペチョーリンの様々な側面が描かれています。

ペチョーリンは身勝手で卑小な人間にも映りますが、それでもやはり非凡な複雑な人物。そんなペチョーリンの人生には一読の価値があるでしょう。傑作とは言えないかもしれませんが、是非読んでもらいたい一冊です。