イリヤ・ムウロメツ(講談社):筒井康隆 | 夜の旅と朝の夢

夜の旅と朝の夢

~本を紹介するブログ~

【ロシア文学の深みを覗く】
番外編:『イリヤ・ムウロメツ』

イリヤ・ムウロメツ/講談社

¥1,020
Amazon.co.jp

今回は番外編。

ロシアには、「ブィリーナ」と呼ばれる口承英雄叙事詩があるそうです。発生した時代ははっきりしませんが、10世紀から12世紀ぐらいとだと言われています。「ブィリーナ」は、口承英雄叙事詩のその名の通り、民衆の間で口承に伝わっていましたが、“発見”されたのはかなり遅く19世紀になってからでした。

今でもロシアでは「ブィリーナ」自体は人気があるそうですが、唄い手は、ほとんどあるいは完全にいなくなってしまったようです。残念ですけど、時代の流れなので仕方ありませんね。日本でも琵琶法師は今や存在しないわけですし。

一口に「ブィリーナ」といっても、中世の英雄を謳ったものや、商人の冒険を謳ったものなど様々なものがあります。その中でも、英雄イリヤ・ムウロメツを主人公にした物語は特に人気があるそうです。

本書は、そんなイリヤ・ムウロメツの物語を筒井康隆がリライトしたものになります。そして挿絵はなんと手塚治虫。筒井康隆、手塚治虫という豪華な制作陣ですが何故か文庫版共々絶版。

町から遠く離れたカラチャロ村に住む百姓の子として生まれたイリヤは、色が白く美しかったが、足が萎えていて立ち上がることもできなかった。

イリヤが30歳になったとき、3人の老人がイリヤの元に訪ねて来る。そのうちの一人がお前は立てるというと、本当にイリヤは立つことができた。そして盃に入れた蜜のような飲み物を飲むと、天に届くような柱でさえ引き抜けるような力がみなぎった。老人は言った。

「お主はロシヤ一の勇者になるのじゃ。ああイリヤよ。イリヤ。お主は戦うのじゃ。あらゆる勇者と。あらゆる軍勢と。・・・聞け。イリヤ・ムウロメツ。ロシヤ正教のために戦わねばならんぞ。国を乱す奴らとのみ戦わなければならんぞ。弱いものを助けてやらねばならんぞ。よくおぼえておくのじゃ。よくおぼえておくのじゃ(P14)」

3人の老人がどこへともなく去った後、両親に別れを告げて出立するイリヤ・ムウロメツ。太陽公ウラジーミルに仕えるため、先ず目指すは聖なる都キエフ。

しかし、道中、老人に唯一戦うなと言われた巨人スヴャトゴルに出会ってしまう。彼は大地がやっと支えているほどの勇者だった。いきなりのピンチをお前はどう切り抜けるのか? イリヤ・ムウロメツよ。

とまあ、最初の方はこんな感じ。その後は、イリヤ・ムウロメツの戦いの人生が描かれることになります。

作者の筒井康隆は様々な文体を駆使することでも有名ですが、本書も筒井康隆の他の小説では見られない、「語り」を意識し、体言止めを多用するリズミカルな文体で描かれています。それが作品の雰囲気と実に合っていて、すんなりと物語の世界に入っていけます。

絶版なのが信じられないくらい面白い話ですので、興味のある方は古書で購入してみてください。

文庫版
イリヤ・ムウロメツ (講談社文庫)/講談社

¥336
Amazon.co.jp