ウンラート教授(松籟社):ハインリヒ・マン | 夜の旅と朝の夢

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ウンラート教授―あるいは、一暴君の末路/ハインリヒ マン

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作者のハインリヒ・マン(1871‐1950)は、ドイツの小説家で、トーマス・マン(1875-1955)の兄。弟のトーマスと比べると知名度、評価ともに低く、映画化されてヒットした本作品でさえ、まともな翻訳は本書(2007年出版)が初めてといった感じ。ちなみに映画のタイトルは『嘆きの天使』。

ところが、この小説が面白いんですよ。弟の長編小説と比べると、重厚さみたいなのは希薄なのですが、諧謔さと物語性、それに心理描写も上かもしれません。

さて、本書の副題は「ある暴君の末路」。暴君とはもちろんウンラート教授のこと。ちなみに日本で教授というと大学の先生をイメージしますが、本書のウンラートはギナジウム(日本の中学と高校を合わせたような学校)の先生です。

物語は『彼はラートという名だったので、学校中が彼を「ウンラート(汚れ物)」と呼んだ。(p5)』という絶妙な書き出しで幕を開けます。この冒頭だけで、諧謔性とイロニーに満ちた作品全体の雰囲気が読者に伝わり、ウンラート教授がいかに嫌われているかもよくわかります。

そんなウンラート教授は、教授という立場を使い、些細な悪事や失敗を見つけては、それを楯に生徒を落第させることに尽力する小悪党的暴君ですが、簡単には尻尾を出さない理知的な生徒ローマンに嫌悪感を抱いています。

そんなある日、ローマンのノートから女芸人フレーリヒに捧げられた不道徳な詩を見つけたウンラート教授は、真相を探るべくフレーリヒ見つけるのですが、そのフレーリヒに思慕の念を抱いてしまい、傍目を気にせず、彼女の楽屋に入り浸るようになって…

副題が明示するように、ウンラート教授は、女芸人との出会いによって破局へと突き進みます。この破局へと進む道中で、ウンラート教授は、学校社会に制限された小さな権力を行使する暴君から、街をソドムに変えるほどの力を持ったアナーキストに変身し、悪の華を咲かせるのですが、この変身していく様は圧巻です。

それだけじゃなくて、人物の描き方がまた上手いですよね。一見すると只の小悪党であるウンラート教授がそれ以上の存在だということが明らかになったり、軽薄なだけの女芸人だと思われたフレーリヒが清らかな心を持っていることが明らかになったりと、ストーリーが進むにつれ、多面性のある人間像が浮き上がってくる描き方は秀逸です。

そして、そんな人間達が誤解し合い、その誤解の上に愛憎が形成されていく様子や、誤解が誤解を生みながら展開していくストーリーには目が離せません。

嘘偽りなく、かなりおススメです。