トーニオ・クレーガー他1篇(河出文庫):トーマス・マン | 夜の旅と朝の夢

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トーニオ・クレーガー 他一篇 (河出文庫)/トーマス・マン

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前回に続きトーマス・マンの本を紹介します。河出文庫の『トリオクレーガー他1篇』です。

本書には、表題の『トーニオ・クレーガー』と、『マーリオと魔術師』という2篇の中篇が収められています。どちらもマンの代表的な中編ですが、特に『トーニオ・クレーガー』の方はマンの全作品の中でも最も有名なものの一つで翻訳も沢山でています。

今回はそんな『トーニオ・クレーガー』のみ紹介します。

『トーニオ・クレーガー』は、岩波文庫から『トニオ・クレエゲル』の題名で出版されているものを以前読みました。そちらの方は、字が小さく訳文も硬質なので、やや読みづらいのですが、本書はかなり読みやすいです。

さて本作では、先ず、主人公であるクレーガーの少年時代の2つのエピソードが描かれています。最初のエピソードは、同じ学校に通う同級生ハンスに寄せる友愛、続くエピソードは、金髪のインゲに対する初恋です。

クレーガーは芸術を愛する内気な少年ですが、思いを寄せる相手はスポーツやダンス好きの活発で社交的な人間。そういう人から見れば、芸術を愛する内気な少年はつまらない存在に映るのは世の常、クレーガーの思いは叶うことはありません。その後、クレーガーは故郷を離れ、自堕落な生活をしていたことが簡単に述べられ、そして芸術家として成功し始めた30歳ぐらいの青年に成長します。

青年のクレーガーは、女友達の画家に芸術論を打ち、芸術家は非凡であるが、平凡な人生に対する憧憬を持つ人間だという感じの持論を展開しますが、画家からは、「あなたは「普通の人間」よ」と言われてしまいます。

普通の人間と言われたことに少なからずショックを覚えたクレーガーは、故郷を経由したデンマークへの旅に出かけて、そして、・・・

ラストの方はかなり印象深く、余韻のある終わり方をします。青春小説の傑作と言われているだけあって、若い人に是非すすめたい作品だとしみじみ思いました。青春といっても、クレーガーは30歳ぐらいの青年なんですけどね。

クレーガーは旅先で色々と経験を積むわけですが、今回読んで目を引いたのは、故郷で詐欺師と間違えられるエピソード。このエピソードは、最後に一言だけ触れられていますが、話の流れからほぼ独立していて、単純に読むと蛇足である気がしなくもありませんが、結構重要なシーンではないかと思います。

例えば、詐欺師といえば、前回紹介した『クルル』。そして、詐欺師も小説家も虚構を語るという意味では似たような存在。『トーニオ・クレーガー』は自伝的な作品と言われ、クレーガーの考えとマンの考えが似ていることをマン自身が語っています。さらには、芸術家が犯罪者と似ていることは、クレーガーが画家に話した芸術論の中でも語られています。

とすれば、詐欺師=クルル≒クレーガー=小説家(芸術家)のような数式がパズルのように成り立って・・・マンの思想の一端が見える気がしません?

やはり同じ作家の作品を続けて読むと収穫がありますね。乱読もほどほどにしないといけないのかもしれません。あと、初読の時に気が付かなかったことが多く、再読が重要だということを再確認した次第です。