日本で4は“死”を意味し、縁起がよくないとされている。まして病院で4が部屋番号につかわれ、よりによって“4” を “4つ”も並べた部屋番号。
「きかないんですよ」
「え?」
「4444じゃなきゃ嫌だって・・・・。そうしないと興奮して手のつけようがないので、仕方なく」
ヒロアキは看護婦に案内されながら、建物を出てC棟がある場所へ向かう。C棟は受付の棟から比較的近く、徒歩5分強で着くとのこと。夕日が眩しかった。ふと安物の腕時計を見る。数年前、相葉がパチンコでもうけた際に、世話になっているお礼だといってくれた代物だ。
「OMEGAの時計だよ」というので一瞬喜んだがそこにか書かれているのは「OMEG.A」だった。
「なぁ、このGとAの間にある“点(.)”は何だ?」と聞くと「ドット」と軽く言い放った。
そのニセモノOMEG.A時計が16時半を刻もうとしている。ふと、“Bar4”のマッチを思い出した。4つあった。C棟の1階にあるエレベータに乗り、3階で降りる。目の前の壁に番号と矢印がある。右に向いた矢印の下に301~310、左矢印の下に311~320。ヒロアキは看護婦とともに右手に歩き出す。すぐ右手にナースステーションがある。先ほどの看護婦がナースステーションで事情を説明した後、私達は再び歩き出した。彼女の言った通り、突き当たり右手にその部屋はあった。“4444”。明らかに手書きで応急処置といった感じの部屋番号。すると彼女はポケットから鍵を取り出す。先ほどのナースステーションで預かったらしい。
「鍵をかけているんですか?」
「ええ。危ないですから」
「それは・・・」
「あ、危害をくわえるという意味ではありません。ただ徘徊して行方が分からなくなることもあるので」
「ああ」
彼女が鍵をあけて扉を引くと、こちらに背中を向けてベットに腰をかけている男がいた。
「クローバーさん」彼女が声をかける。
『クローバー?』頭の中で彼女の言葉を繰り返したが声にするのはここでは控えた。
男は彼女の言葉に振り返る。連日日焼けサロンに通ったかのような色黒の痩せこけた顔、髪の毛は火遊びでもしたのかと見間違うほどチリチリになっていた。それは看護婦の言うとおり、自分が提示した写真の男とは随分かけ離れていたが、間違いなく山下だった。看護婦は振り返り、どうですか?という顔をした。
「彼です」
「そうですか」
「少し話をさせてもらっても良いですか?」
「ええ。では、私は先ほどのナースステーションにおりますので、終わりましたらお声をかけてください」
「はい」
「あ、面会時間は16時45分までですので」
「彼を引き取るわけには?」
「必要な手続きがありますので、今日は無理だと思いますよ。面会の後に改めて説明しますが、そちらにも色々な書類を要して頂くことになると思います」
ヒロアキは何の書類が必要かわからなかったがとっさに戸籍謄本が浮かび、自分の兄だといった事を後悔した。そしてとりあえずの返事として「わかりました」と答えた。彼女は軽く頭を下げて扉をしめた。鍵はもちろんかけていない。それを確かめてからベットの方へ振り返ると、山下は言った。
「だれ?」
「ヒロアキだ。覚えているか?」
「ヒロアキ?知らない」
「自分が誰だかわかるか?」
「僕?うん、クローバー!」声は山下だったが、話し方は完全に子供だった。山下の年齢は35歳。明らかに成人だ。
「クローバー?」
「うん」山下は、そう言ってベットのすぐそばにあるテーブルの上にあったブロックを取りに行く。子供用のおもちゃだ。上下左右にくっつけて何かを作っている。
「ねぇ、一緒に遊ぶ?」
ヒロアキはその問いに返事をせず、山下が座っている向かいの椅子に座った。正直、何をどう話せばいいのかわからなかった。彼には記憶がないのだ。ヒロアキは小さくため息をついた後、ゆっくりと部屋を見回す。窓際にあるベット、そのベットの足元から少し離れた位置にテレビ台の上に乗ったテレビ。 ベットの右手に応接セットの様なテーブルと椅子がある。椅子といっても一人用のソファーに近いが。そして壁のあちらこちらに貼ってある絵と文字。それらは全て四葉のクローバーか、数字の4だった。
「どうして部屋の番号は4444なのかな?」ヒロアキは子供に話しかけるように問いかけた。今はその方がいい気がしたからだ。
「だって、安全でしょう?」
「安全?」
「そう、4は大事。4は安全」
ヒロアキは、ポケットから山下が持っていた例の4つのマッチを出した。それを見た山下は突然立ち上がり、泣きそうな顔で抱きついてきた。
「助けて!ここは危ないんだ!」
ヒロアキは一瞬驚いたが、すぐに冷静になった。山下が子供なら頭をなでてやるところだ、と思った。しかしながら、どう間違えても容姿は大人。そう、はたから見れば大の男が2人で抱き合っている格好だ。そしてツイている事に、タイミングよくドアが開いた。
「そろそろお時間に・・・・」
ヒロアキは山下を兄だと言っておいて良かったと思った。が、そうでもなかった。
看護婦の「あっ」という声が聞こえるとすぐ、扉は閉められ、再び2人の世界になった。
