坂田はBCの瞳を見つめながら考えた。“人間”と呼べる範囲について。
「人間にエラはありますか?」BCは同じ言葉を繰り返して坂田に問う。
坂田はしばらく黙っていたが小さなため息をついて、頬に手を当てて口を隠すことを忘れずに言葉を発した。
「人間にエラがあるか。貴方には素晴らしい頭脳があります。そう・・・貴方はその答えを知っている。違いますか?」
BCは坂田から視線をそらした。そう、BCは当然、人間にエラなどない事を知っていた。ただ受け入れることが出来なかった。でもその一方で坂田に真実を突きつけて欲しいという思いもあった。ただ心の中にある苦しさをどうにかしたかった。
「貴方が知りたいのはエラではない」坂田は言葉を続けた。
「先ほど同じ、自分が“人間であるか、ないか”でしょう?先ほどの私の説明では不足でしたか・・・」
「ごめんなさい」BCは素直に謝った。
「時間があまりないので、本題に入りたいのですが、良いでしょう、もう少しだけその話題に触れましょう」
BCは心の中で坂田が言った“時間があまりない”、“本題に入りたい”という言葉が気になったが、黙っていた。
「私の基本的な答えは一緒です。貴方をもっと詳しく調べれば今より少しは、ましな答えを提供できるかもしれません。でも、先ほども言ったように、今、私が持っている貴方の情報はあまりに少ない。だから、私が答えるなら“私の瞳に写っている貴方の容姿は人間に見えます”としかいえません。」そういって坂田は言葉を切ったがコーヒーを一口飲んでから再び話を続けた。
「人間にエラがないのは貴方も知っています。でも、エラがあるから人間ではないとも言い切れません」
「なぜ?」BCは坂田の言葉にすかさず反応して返した。
「“先祖返り”という言葉をご存知ですか?人間が進化の過程で失ったある形質が・・・うーん、DNAの突然変異によって現れる・・・。例えば人間は2足歩行します。でも、2足歩行が出来ず、4足歩行する人々がいます。また人間には本来、シッポはありません。でも、そういう人々がいるのも事実です。そして彼らは人間です。つまり・・・」
「つまり?」
「エラがあると人間ではない、とも言い切れないかと。その他大勢でなければサピエンスではないという分類のしかたはありません。だからたとえ貴方にエラがあったとしても私の答えは、貴方の容姿は人間に見える、なんです」
BCは坂田の言っている事は良くわかった。彼の言っている事はもっともだと思った。でも彼の言葉にどう答えてよいかわからなかった。ただ、小さく首を何度か上下に振ってうなずくことしかできなかった。
「前に進みませんか?」坂田が言った。
「え?」
「足踏みしてても仕方ないじゃありませんか」
「どうすれば?」
「進みますか?自分の意思で」坂田は真剣に尋ねた。
BCは坂田から視線を逸らし、コーヒーカップを両手で支えながら茶色いコーヒーを見つめる。カップを口元へ運び流し込む。やっぱり苦かった。目を瞑って考える。毎日の勉強という名の実験、父親だと名乗る男、甦る恐怖の光景、坂田にはじめて出会った日、そんな出来事が浮かぶ。そして・・・・
「はい」目を開けて、そう答えた。
「険しい道のりですよ。覚悟はありますか?」
「その道に、貴方は一緒にいますか?」
「もちろん」
「覚悟はありますか?」
「いつの間にか質問がすり替わっている」そう言って坂田は笑った。
「ごめんなさい。・・・私は貴方を信じます。というより、信じるしかないから」
「裏切らないように努力します」
「私も」
「では、本題に入りましょう。これは長期戦ですよ」

