蔵のスキンヘッドおじさんのブログ -34ページ目

更新の釣り餌か?何の下心? 続

シシリー島の沖から出たのをプレゼントされたノースアメリカンA-36Aアパッチの下処理が完了しました

 

全バラしして再利用出来そうな物は総て綺麗にして脱塩して防腐処理して下塗装しました

 

これからレストア開始します

 

18%くらいの損傷(ダイブブレーキの欠損含む)と総取り換えした方がよい外被で何とかなると思います

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

おじさんやり放題

ハンガーでひと仕事

 

オロ・グランデの自宅はビックリする程良くなってた

 

学生1人と木工職人のおじさんと弟子

 

3人でやりたい放題 家がリフォームされてた

 

おじさんは新しく手に入れた奥の土地に作業場立てて

 

私を含めた色んな所から飛行機の骨組み・車のウッドキャビン・アンティーク家具の修理を請け負ってて何故かアメリカ人の弟子が2人も居た

 

おじさん曰く内弟子らしくて部屋も与えてて家は満杯私の部屋の開かずの部屋は絶対NGだから家の「まけ」の子が来る様だったら部屋は増築してって言っておいた

 

私の部屋は鍵のかかった開かずの部屋なので手付かずだったが他は一新しててなんか我が部屋がくすんで見えた

 

2025・09・20・22:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

APVへ移動します

荷物は仕事場に送りました

 

嫁と「まけ」の学生を見送りました

 

これからアップルバレーに飛びます、帰りも古いビジネスジェットマニアの友人の IAIウェストウインド1121B:1968の教習、2Hほどして帰ります

 

今回はラスベガスには戻りません彼女達には自由に遊んで貰います

 

2025・09・20・16:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

見つけました 私じゃないけど

造り付けの家具は台所(食器棚)、リビングルーム(暖炉の左右と上の飾り棚)、階段下、メインベッドルームのクローゼット

 

全部調べました、私は分からなかった

 

が やはり若い子は頭が柔らかい

 

スペース的(物理的)に此処だと分かってるけど開け方が分からなかった

 

が 開けて呉れましたあっさりと

 

アメリカにそんな技があったとは?

 

寄木細工の様な

 

4箇所の造り付けに8箇所の隠しスペースがありました

 

2025・09・20・12:30

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハッ!! と思い出して

モーテルを出て朝食たべてたら急に未亡人が伝えて呉れたじいさんの伝言を思い出した

 

造り付けの家具を調べろ!

 

思い出して良かったあ~

 

朝飯が更に美味くなりました

 

今日は家具屋がもう1便来ます

 

アンテーク食器屋と調度品&装飾品屋はもう来ません

 

で 私は造り付け家具を調べます

 

2025・09・20・07:50

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1967 ホンダ SS50

業者が来たから片付けは少し楽だった

10時から2時間ほど見てて外で飯を食べながら契約書にサインして

 

引き渡しは10日後と決めました

 

家の物は総て(取り外せない作り付けの家具以外)片付けておく契約だったので片付けを開始しました

 

決まったので直ぐラスベガスに連絡して14時くらいにはお手子が着いた

 

嫁達は古い西洋食器や銀器などには興味が薄いので売って良いと言われたので

※昨夜からラスベガスのコンドミニアムに来てます、主目的はサーカスと観劇です、が 嫁が何故かひとりと学生2人来た

 

オカマの友人に連絡してアンテーク屋を紹介してもらいました

 

古物屋は3店はヘリで15時には来ました

 

食器関係・家具関係・調度品装飾品関係の3店

 

テーカップ&ソーサ、皿、銀のフォーク&ナイフ&スプーン、銀のお盆、各種グラス、水差し、ミルクピッチャー、 等々

 

天蓋付きベッド・サイドテーブル・サイドボード・ワードローブ・ドレッサー・コンソールテーブル・プランツスタンド・チェスト・キャビネット・テーブル・椅子・ソファー・ビューロー 等々

 

ランプ・燭台・時計・陶器の人形・ガラスの置物・花瓶 等々

 

が ガンガン仕分けられて外に出されて行きました

 

但し じいさんが言っていたベネチアングラスのゴブレットのセット・15世紀のボヘミアングラスの水差し・エミールガレの花瓶・ドーム兄弟のランプ と 私がお気に入りのガラスの馬の置物(ルネ・ラリックらしい)と 好奇心の塊の妊婦皐月がこれ欲しいと云った錫の花瓶は早々に別にしときました

 

売らなかったのは絵・銃・日本刀含む刀剣類・色々な所に無造作に入れられていた小物

 

19時くらいから各店のトラックが来始めて22時頃帰って行きました

 

私達も近くのモーテルに落ち着きました

 

2025・09・19・23:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

FOKKER Dr.1 出来た らしい

予定通りFOKKER Dr.1が出来ました

 

エンジンはオリジナルのOberursel Ur. IIIは入手不可で尚且つロータリーエンジンなのでWarner Scarabエンジンを使ってます

※エンジンは自己負担で実費を払いました

 

登録もサインだけして提出すれば良い様に一式ついて来ました

 

登録出来次第直ぐ乗ります

 

 

 

 

 

 

 

 

 

売れました 結構な値段で

朝10時に知り合いが来ました

 

屋敷(50mX50mのほぼ正方形の敷地と建坪400平米2階建8LDK)の部分だけ

 

カマボコ型ハンガー倉庫があった所(200mX80m) とか 鉱山とかは売れなかった

 

取り敢えず 作り付け家具がお気に入りらしい

 

で 13時から中身の片付けにかかってます

 

ロスとラスベガスから助っ人呼んでます

 

2025・09・19・15:00

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まだまだ真夏

ビーティ―は5月から9月までは50℃も珍しくない土地柄

 

砂漠気候なので夜は10℃台も当たり前

 

相変わらずカラカラです

 

屋敷を買いたいと云う人が現れて明日見に来ます

 

で 譲らない私物を確認しもし売れれば回収して帰ります

 

教習を兼ねて古いビジネスジェットマニアの友人の IAIウェストウインド1121Bで飛んで来ましたが、夜は涼しいくらいで過ごし易い

 

2025・09・18・22:30

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1940 ビクトリア KR35

ブラジルからの電話

我がヤコブの家の商社(ブラジルから農産物を輸入してる)の社長から電話があった

 

ブラジルの北部のサンルイスと云う都市の部品屋で面白いモノ見つけたので送ると云う内容だった

 

彼は早い時期から私をヤコブの家の当主と認めて支持して呉れているブレーンのひとりでフィリップの子飼いのひとり

 

私も目をかけているひとり

 

で 本題だが

 

ブラジルは1960年代から市場としてホンダが大々的に進出してきた国

 

性能・耐久性の良さから大きなシェアを占めていた

 

ただ日本の反対側と云う弱点もあり、早くから現地生産を始めた国でもある

 

1960年代70年代は大きい国なのでアメリカ同様に大量のストックを各地の部品屋が在庫する傾向に有った

 

当時の本拠地サンパウロからかなり離れたサンルイスの部品屋もかなりの在庫を持っていたらしく、そのデットストックを処分して倉庫をビルに建て替える計画が有って、第一段階としてデットストックの廃棄って事になったのを隣のオフィスかの商社の社員が聞きつけて、機転を利かせて全部タダで貰って呉れて40ftコンテナ8個を送ったとの事

 

私の人事の基本は適材適所で依怙贔屓はしない が 君の適所を考えておくよ と言ってしまった

 

言った直ぐに失敗した口は禍の元

 

まだ何も決まって無い否何も考えていない内に気を持たせる様な事言ってしまった