潮見と言う駅には本当に何にもない。

腐ったパチンコ屋と居酒屋とすきやしかない。

ここ3日間、その何にも無い潮見に泊っているんだけど、今晩は仕方がなくすきやに行った。

すきやは牛丼以外にも色んな物があって、カレーやら八宝菜やら角煮やらメニューを決めるのに悩む。

今日は炭火焼き鳥特盛にした。

一緒に入ったお客さんは角煮丼を頼んでいた。

厨房を見ると、機械にどんぶりを挿入してボタンをポチっと、、、、、

たぶんご飯が決まった量でてくるんだろう。

チン~~!

レンジから袋を2つ取り出してどんぶりの上に「じゃ~~~~」

そしてもう一つのどんぶりにも1袋「じゃ~~~~~」

はい、出来上が

、、、、、、、、、、、、

特盛り2袋、普通1袋か、、、、、


味は、おいしいんだけど、若干鶏肉が硬く、何所が炭火なのか解らない。

一切火を使わない食事。

一切調理らしい調理をしない食事、、、、、、、

もはやこれは餌?

仕事行って、すきや行って、760室ある巨大飼育室で寝る。

仕事行って、すきや行って、760室ある巨大飼育室で寝る。

東京に出張に来る度に、なんだか憂鬱になるわ~。


その後、若い男性が牛丼の並を頼んだ。

おたまで良くかきまぜ、寸胴からアツアツの具をどんぶりの上に乗せた。

おお、ここで調理されている料理があったんだ、、、、、、

すきやにとって牛丼は、やはり特別な存在なのだろう。

良心を見た気がする。
社員旅行である。

この不景気だと言っているさなか、飛行機に乗って旅行へ連れて行ってくれる会社に勤めている俺は幸せものだ。

などと、これっぽっちも思わない。

なぜなら、北海道に行く為の資金は、僕らが汗水たらして働いたお金だからだ。

つまらない接待旅行へ連れてゆくのなら、その分ボーナスに還元して貰いたいものだと思うけど、会社の経営者はそうは思わないらしい、、、、、


「連れて行ってやる」

と言うオナニー臭がプンプンするから、どうにも楽しめない、、、、、

しかも、よりによって初北海道が会社の連中とかよ!!!!!

しかも、北海道に行くのに1泊2日かよ!!!!!

旭山動物園2時間かよ!!!!

札幌観光(車窓)かよ!!!!

しかも、帰ったら、すぐ1週間東京出張かよ!!!

その後そのまま新潟出張だよ!!!!

家に帰ってる暇ね~じゃん。

こうなったら、北海道に着いたら1人で逃亡してやる。

すすきので一夜を過ごしてやる!!!!
音楽から人生を学び、その影響力を信じて音楽活動をしていた10代。

周りがプリプリやアースシェーカーをやってた頃、「電脳警察」でストレートな熱い塊に触れ、ウェスタンカーニバルでのマスターベーションを知って60年代に生きなかった事を悔しがった。
そんな電脳警察も今年40周年、アルバムを出しライブをしている。

映画から何かを学ぼうとしていた20代、1989年のイタリア映画「愛のかたち」から究極の愛をまなんだ。

「抱きしめて、吸収して」
「一つになりたい」
「入り込みたい、溶け込みたい」

これは性的カニバリズムに他ならない。

実行不可能だと知りながら、快楽の先では常にそれは隣り合わせなのだと言う事を、普通の女性からでも強く感じる。



サラリーマンになり、家族ができると、何の為に生きているのかと疑問に思えてきた。

そんな時、大好きだった岡本太郎が倒れ、青山へ「死ぬ前に合わせてくれ」と訪問しに行ったたが、安静が必要と言う事で敏子さんに断られ、岡本太郎記念館として生まれ変わってから訪れたのは、死去3年経ってからだった。

作品やアトリエをマジマジと見る僕に、通りかかった敏子さんは、

「これ一般の方には渡してない物ですが、どうぞ」

と差し出してくれたのは、記念館の開館式典で関係者に配られたパンフレットだった。


岡本太郎はこう言った。

「ただ純粋に生きる。そこに生命の炎が燃え上がる。

     生きている一瞬一瞬が選択の連続だ。真剣に選択し続ける事こそが、生きるって事だ。」


この言葉は、僕の生きる道しるべとして、岡本太郎と共に今も心の中に生きている。

生きると言うのは、凄い事をなす事でもなく、人から認められる事もで無い。

動物的、生き物的には子孫を残す事、すなわち、性交をして子を育てる事が生そのものなのだろう。

しかし、人間は考える葦となった。

生態系の中の一員としては、ありえない繁殖力を身につけてしまい、地球に巣食うウィルスとなってしまった人類は、だんだんと淘汰されるべく生殖機能が薄れていった。

そんな生きる動機すら失った人類は、生きると言う事そのものに疑問を感じてもおかしくないだろう。


自殺者が増える。ホームレスが増える。やる気ない若者が増える。

それはそうだ。当たり前だ。

人類は、生物として生きる理由を失ってしまったのだから、生きながら死んでいるようなものだ。


今、学校で、家庭で、社会で、一番必要とされている教育。

それは、生きると言う事に真剣に向き合い、生きると言う事を理解する事。

そして、その対極にある、死ぬと言う事を受け止める事、リアルに感じる事。



音楽、映画、芸術。

今はネットを見れば、いつでも何処でも、生前のあの人を見る事ができる。

そこには、生死の境も何も無い、現実では無い再放送、感情のリフレインがあるだけだ。

岡田由紀子の写真集を見て、脇のジョリジョリを見て興奮する。

今は居ない死んだ彼女は、確かに現在、今、僕のおちんちんを刺激しているのだ。


小学生の頃、探偵物語を見て「松田優作」が好きになった。

あこがれた。

でも、ブラックレインを最後に、松田優作はもうこの世に居ない。


自分の人生も、他人の人生も、自分が死ぬまでエンドレスに存在する。

それは写真だったり、映画だったり、CDだったり、色んな媒体を介して、常に現在見る事が出来るからだ。

ましてや、未公開の歌や映像が公開されれば、今、生きているのか、死んでいるのかなんて、自分にとっては確かめようのない物になる。

過去の映画を見る。「松田優作」を見る。

現在の自分が、死んだ松田優作を見て、今感じる何かが存在する限り、今松田優作は生きていると言い換える事ができるのではないか?

そして、過去を振り返っている自分は、今を生きていると胸を張って言い切れるのだろうか?

せめてもの言い訳として、生きてきた時間を咀嚼していると言う他無いのではないだろうか?


「生きているのは お前か俺か?」


そんな事を、エースコックのカップラーメンを食べながら思った。



放屁御免!
久し振りに映画を見た。

みたい映画がいっぱいありすぎて、一度借りた「ハプニング」を3度目借りた時は、溜まっている見たい映画を早く片付けなきゃとマジで思った。

しっかし、そんなに俺は「ハプニング」が見たいのか!!

で、溜まってる映画の中から、一番お気楽で何も考えずに観られそうなハンコックを見た。

市民みんなに嫌われているアル中のヒーロー。

切り口は良いし、初めの30分程は非常に面白い。

このままコメディータッチで終わってくれれば、そこそこ楽しめたんだろうけど、、、、、、

途中、同じ女超人が出てきて「私たちはアダムとイブ、2人で1つ、1つになると単なる人間」

ってな事を言い出して、急にシリアス展開。


途中、嫌われヒーローが高感度アップを図る辺りをもっと丁寧に作ってくれれば良かったのに、やっぱりロマンスが無いとダメなお国なんだね~。

途中失速した映画だったけど、前半の余韻だけで退屈な後半を見せる力があったって事だろうな~。



ヒーロー物なのに完全悪と言うか、キャラが立っている悪役も存在しないすべてにおいて中途半端な映画だったけど、ツタヤで100円払って見る価値はあったと思う。
ヤフオクは無料だった頃から利用している。

今はプレミアム会員になって月額300円ちょっとの費用を払って利用している。

初めは、この300円ちょっとの利用料に凄く抵抗があったもんだ。

今まで無料だったサービスを受けるのにお金を支払わなければならなくなる、、、、、、、

今では当たり前のように銀行から引き落とされていて、気にもしなくなっていたけど、先日ある事に気がついた。


その日は出張で、ビジネスホテルから会社で使っているノートでヤフオクを見ていた。

すると、どうしても欲しい物が見つかって金額を入れようとすると、「5000円以上は入札できません。」


そう、プレミアム会員でないと4999円までしか入札できないみたいだ。

逆に言うと、5000円未満の商品なら月額無料でオークションに参加できるの?

そこで、もう少し調べてみると、プレミアム会員にならないくても、オークションに参加する事は可能みたいだ。


それは携帯を使う事。

携帯からのアクセスには5000円未満と言う縛りが無いようなので、PCで検索、携帯で入札にすれば、

月額300円は、支払わなくても良くなる。


パケット定額じゃないと足が出るけどね~