音楽から人生を学び、その影響力を信じて音楽活動をしていた10代。

周りがプリプリやアースシェーカーをやってた頃、「電脳警察」でストレートな熱い塊に触れ、ウェスタンカーニバルでのマスターベーションを知って60年代に生きなかった事を悔しがった。
そんな電脳警察も今年40周年、アルバムを出しライブをしている。

映画から何かを学ぼうとしていた20代、1989年のイタリア映画「愛のかたち」から究極の愛をまなんだ。

「抱きしめて、吸収して」
「一つになりたい」
「入り込みたい、溶け込みたい」

これは性的カニバリズムに他ならない。

実行不可能だと知りながら、快楽の先では常にそれは隣り合わせなのだと言う事を、普通の女性からでも強く感じる。



サラリーマンになり、家族ができると、何の為に生きているのかと疑問に思えてきた。

そんな時、大好きだった岡本太郎が倒れ、青山へ「死ぬ前に合わせてくれ」と訪問しに行ったたが、安静が必要と言う事で敏子さんに断られ、岡本太郎記念館として生まれ変わってから訪れたのは、死去3年経ってからだった。

作品やアトリエをマジマジと見る僕に、通りかかった敏子さんは、

「これ一般の方には渡してない物ですが、どうぞ」

と差し出してくれたのは、記念館の開館式典で関係者に配られたパンフレットだった。


岡本太郎はこう言った。

「ただ純粋に生きる。そこに生命の炎が燃え上がる。

     生きている一瞬一瞬が選択の連続だ。真剣に選択し続ける事こそが、生きるって事だ。」


この言葉は、僕の生きる道しるべとして、岡本太郎と共に今も心の中に生きている。

生きると言うのは、凄い事をなす事でもなく、人から認められる事もで無い。

動物的、生き物的には子孫を残す事、すなわち、性交をして子を育てる事が生そのものなのだろう。

しかし、人間は考える葦となった。

生態系の中の一員としては、ありえない繁殖力を身につけてしまい、地球に巣食うウィルスとなってしまった人類は、だんだんと淘汰されるべく生殖機能が薄れていった。

そんな生きる動機すら失った人類は、生きると言う事そのものに疑問を感じてもおかしくないだろう。


自殺者が増える。ホームレスが増える。やる気ない若者が増える。

それはそうだ。当たり前だ。

人類は、生物として生きる理由を失ってしまったのだから、生きながら死んでいるようなものだ。


今、学校で、家庭で、社会で、一番必要とされている教育。

それは、生きると言う事に真剣に向き合い、生きると言う事を理解する事。

そして、その対極にある、死ぬと言う事を受け止める事、リアルに感じる事。



音楽、映画、芸術。

今はネットを見れば、いつでも何処でも、生前のあの人を見る事ができる。

そこには、生死の境も何も無い、現実では無い再放送、感情のリフレインがあるだけだ。

岡田由紀子の写真集を見て、脇のジョリジョリを見て興奮する。

今は居ない死んだ彼女は、確かに現在、今、僕のおちんちんを刺激しているのだ。


小学生の頃、探偵物語を見て「松田優作」が好きになった。

あこがれた。

でも、ブラックレインを最後に、松田優作はもうこの世に居ない。


自分の人生も、他人の人生も、自分が死ぬまでエンドレスに存在する。

それは写真だったり、映画だったり、CDだったり、色んな媒体を介して、常に現在見る事が出来るからだ。

ましてや、未公開の歌や映像が公開されれば、今、生きているのか、死んでいるのかなんて、自分にとっては確かめようのない物になる。

過去の映画を見る。「松田優作」を見る。

現在の自分が、死んだ松田優作を見て、今感じる何かが存在する限り、今松田優作は生きていると言い換える事ができるのではないか?

そして、過去を振り返っている自分は、今を生きていると胸を張って言い切れるのだろうか?

せめてもの言い訳として、生きてきた時間を咀嚼していると言う他無いのではないだろうか?


「生きているのは お前か俺か?」


そんな事を、エースコックのカップラーメンを食べながら思った。



放屁御免!