斬駆男 ~女ならアラサーと呼ばれる年齢らしい~ -4ページ目

必勝法、勉強法などで成功する方法は一つだ

最近、本屋によく行く。

職場が梅田のど真ん中で、本屋がたくさんあるからだ。

最初は紀伊国屋ばかりだったが、簿記などの本の品揃えの問題もあり、

旭屋やブックファーストに流れている。

特にブックファーストはあちらこちらに椅子が設置されており、小生のような

立ち読みプロには非常に助かる。


読むものの中心は簿記、、、ではなく、株などの投資の本や競馬の必勝法などだ。

勉強法などもよく読む。


「○○すれば絶対に儲かる」

「▲▲すれば、勉強の効果は上がる」


どれも効果があるような気がしているが、どの方法でも絶対に必要なことがある。

それは「継続」だ。

その本の筆者と同様に、その方法を信じて一心不乱にやる必要があるのだ。


しかし、この「継続」が非常に難しい。

どの方法でもそれをモノにするにはそれなりの時間と努力と運が必要だ。

その方法をモノにするまでモチベーションをずっと持ち続けられるのか。


結局、自分で信じられる方法を見つけ出し、石にかじりついてでも成功するまで実践し続ける。

それだけだと思って、今日もまたその方法を模索して本屋をうろつく小生なのだった。

短く的確に表現する

またまた久々になってしまった・・・・


その間、何をやっていたのかというと、資格試験やら仕事やら忙しかった。

一言「忙しかった」と言ってもブログを書けないぐらい多忙を極めていたわけじゃない。

だいたい、10分ほどで書き上げることに主眼が置かれているブログで

「忙しい」は書けない理由にならない。


単に書く気が起きなかったのだ。

それだけなのだが、どうしても「忙しい」という理由を一番最初に考える。

「自分、忙しいですから。エヘッ」

と自慢したいだけなのだろうか。

自分はひょっとするとナルシストなのだろうか。


よくわからんがこれぐらいで本記事は終了したいと思う。

今後はこれぐらい短い記事を連発したいと思う。


新・決意表明

つい3日前、夜中の1時。


寝ようと思ったが、ちょっとだけ昔の自分のブログを読むことにした。

長くて読みづらい文章がズラズラズラと・・・・

読みにくさは今よりひどかった。


そして自分の変遷を見ることが出来た。

会社の同期の死、自分を磨くための目標、挫折、そして仕事への不満。

そしてついには転職を決意するのだが。

それが下記の記事


決意表明


アメーバの社長、藤田さんが弱冠26歳ぐらいの自社の社員を社長に抜擢し、

彼に熱くアドバイスするのを見て、このままじゃいかんと転職を決意したブログ。

その決意内容を見て、自分のことながらついつい笑ってしまった。


一つ目は転職するっていう話。

これはいいとして2つ目がこれ。

『本ブログで計画立てた「スケジュール管理アプリと自分データベース」を作成します。』

未だに完成していないが、スケジュール管理アプリなんて作ってどうするのだろう。

今、小生は独自にエクセルで予定表なるものを作り、それでスケジュール管理をしている。

別に自動で「予定の時間が来ましたよ」なんて知らせてくれなくても時間ぐらい管理できる。


このときの小生は、「自分にはこんなものを作れる技術がある」と自慢したかっただけである。

ユーザのニーズや使い勝手に関しては全く考えられてなかったのである。

自分データベースもしかり。

大体、このときの小生にはデータベースなんて作れるわけがないのだから笑ってしまう。


今は株価予想ツールなるものを作ろうとしているが、仕事が忙しすぎてストップしてしまっている。

それも今週辺りから始めてみようかな。


さて、そんな小生が一番笑ってしまった話が3つめの決意。


『30歳までに技術者として、一本立ちをいたします。

 30歳の誕生日になったら、また転職するか、独立するかのどちらかをします。

 転職の場合は、出来るだけ自分の技術を高く売れる会社に転職いたします。』

※原文そのまま


何が笑ってしまうって、転職する前からもう次の転職を考えてる(笑)

まぁでもこの後、転職先の今の会社に満足して、転職する気がなくなってしまう。

しかし、最近、色んな状況の変化でまたまた転職する気になっているのだから面白い。

そしてあの頃(2年前)と同じく、独立を前提として考えているところも面白い。


やっぱり小生には独立しかないのかな、と思ってしまう。

小生は、サラリーマンが向いていないような気がする。

今の会社を含めて、小生は常駐などで6社ほどで席(籍ではない)を与えられ、作業した。

どの会社にも色んな人がおり、ルールがあり、文化があった。

しかし、どの会社に対しても「ずっとここで仕事がしたい」とは思えなかった。


確かに飽きやすい性格もあると思う。

しかし、それ以上に「ここに染まりたくない」という強い思いが出てくるのだ。

同じところにいて、自分の考え方や技術がそこで固定されてしまうのが恐ろしいのだ。

そこの考え方で一生を過ごすのが、恐ろしいのだ。

自分は自分らしく、他人とは一線を画した考え方でいたいのだ。


それに自分で全責任を負って仕事をしたいと考えている。

確かに自分で全責任を負うのは怖い。

自営業の人なんか、借金で首吊り自殺なんてざらに発生しているし、

税理士なんか、訴えられて何千万もの賠償金を払わされるのだ。

しかも自己破産なんか認められないから一生その借金を背負わなければならない。


しかし、その責任を取ることによって、自分の仕事に対しての報酬が全額受け取れるのだ。

自分の仕事の裁量も決められるし、支出も収入も自己管理できる。

責任を取る怖さもあるが、それで得られるメリットを見逃すことができないのだ。


こんな考え方、少なくとも嫁さんがいるサラリーマンが考えることではないと思う。

危険すぎると思う。

もし、こんな考え方の人間と付き合って結婚しようとしている女友達がいたら

「辞めとけ、その男は自分の夢に酔いしれているだけだから」

と注意するだろう。


わがままだと思うが、それでもやはり自分の身体をかけて独立したい。

そして独立して全責任を負うことがどれだけ辛いのか、味わいたい。

そこから何を失い、何を得、何が見えるのか、小生は自分自身を試したいのだ。


と言うわけで、またまた決意表明だ。

今度はマジで達成しようと思っている。


1.今から1年半後の2009年の正月に次の道に進む。

  それが独立か転職かはそのときの状況によるが、その時までに今の会社から学ぶ

  ものが何もない、と言い切れるところまで自らの商品価値を高める


2.今月と来月に速読法を独学し、今の3倍ぐらいの速さで読めるようにする


3.11月の簿記試験で今度こそ1級を取得してみせる


4.次の常駐先ではさらに意味のある仕事が出来るように営業に働きかける



とまぁこの4箇条で。


1はだいぶ前から考えていたことだ。

小生は前の会社を2年10ヶ月で退職しているので、3年同じ会社に勤めた経験がない。

3年はちゃんと我慢できることをアピールするためにも3年は欲しいところだと思う。

そしてその頃までに自らの商品価値を高める努力をすべきだと考えている。


2は以前ちょっと書いた速読法の習得。

一瞬で右脳の画像で焼き付ける、なんてうさんくさいものではなく、

また名詞だけ、または漢字だけを拾い読みする、意味のない速読法でもない。

ちゃんと全文をしっかり読破する速読法の本を見つけたのだ。

独学では80日。毎日2時間ほど頑張らなければならないみたいだが、やることにした。

どうしても自分の読む速度の遅さに腹が立って仕方がなかったからだ。


そしてそれと平行して簿記試験に再挑戦したい。

今度こそ、受かってみせる!!!


そして4つ目だが、もっと小生、付加価値の高い仕事をしたいのだ。

今の仕事も十分付加価値の高い仕事だが、今年いっぱいやると全て習得できそうなのだ。

そこで次の仕事は今以上に難易度の高い仕事をやらせてもらえるよう、

営業に働きかけるつもりだ。

年齢的にも未経験で新しい分野で仕事をさせてもらえる、最後のチャンスだと考えている。

これ以上年とったら、経験のある分野でしか仕事をさせてもらえなくなる危険があるから。

自分の可能性を少しでも広げておきたい。


と、まぁ今までただ漠然と考えていたことを文字化してみた。

これらをきっと、いや、絶対に実現させて見せる。



・・・・と毎回書いているが、実現率があまりに低い小生。

今度こそ、目標倒れにならないよう今日から精進して以降と思う。




速読法が書かれている本の意外な共通点とは?

速読が必要な気がした。


今日、嫁さんは友達とメシを食うため、小生は一人で紀伊国屋をぶーらぶーらしていた。

そのとき、一冊の本を読んでいたのだが小生はふと、自分の読む速度に不満を覚えた。


「こんなにタラタラ読んでいたら、得られる情報量が限られてくる」


最近、会計などに興味を持ち、そして経営的な考えがマイブームな小生。

人間関係からモノの値段、効率などあらゆるものを経営的な視点で見るのがクセになっている。

そして今日、時間をかけて立ち読みしている割には得られる情報が少ない、

という考えにふと至ったのだった。


速読できる奴は小生の何倍も読み込んでいる。

それだけ得られる情報が多いということなのだ。

そして何より何度も読み返すほうが、一度の熟読よりも記憶に残ると思われるのだ。


みなさんにも経験がないだろうか。

一冊の本を時間をじっくりかけて読み込んで記憶に残ることなんてあんまりない。

しかし、短い時間で一気に読み上げて、その後何度も読み返す本は

次のページをめくらなくても何を書いているのか、自然に思い浮かべられる。


読むのが遅いのは情報量がそれだけ少ないという欠点があるばかりでなく、

何度も読み返せないので記憶の定着という観点からも致命的であると言える。

そして試験の最中も問題文の速読は重要で、特に問題を選択できるときなどは

簡単な問題を選別するのに速読は絶対に必要な技術だ。


「じっくり読んで、著者の言葉の一つ一つをかみしめて・・・・」

というのは、小説など行間を読む本でない限り、何の効果もないと思う。

サクッと読んで、それを何度も繰り返し読むことのほうが著者の主張の理解を

早めて深める一番の方法だと思ったのだ。


まぁ本をパラパラめくって、残像だけを記憶し、本の内容を言い当てるのは全くの無意味だが、

せめて今の読む速度を倍に出来ないだろうか。

そこで小生は紀伊国屋の本の検索を行ったのであった。


何冊か読んだ。速度も2倍から60倍まで幅広かった。

そして速読の方法もイメージを右脳に焼き付ける方法から、一字一字をすばやく

読み上げる方法まで、まさに多種多彩でどれが本当に効果的なのか、全くわからなかった。

しかし、これらの本で意外な共通点を発見した。

速読法の効果を謳っている本だろうが、速読法のトレーニング本だろうが

最初の第一章は必ず速読の効果と速読を行ううえでの動機付けが書かれているのだ。


速読の効果を長々言って、散々引っ張っておいて

「それではお待ちかね、これが究極の速読法です」

ともったいぶって本の真ん中ごろから書かれるのは、

普段通販番組を見ている小生にはよく理解できる。

しかし、どの本にも効果と速読法の伝授の間に必ず

「速読法を行う気持ちは確かか」と読者に自問させる箇所が入るのが不思議で仕方なかった。


何だかそこに小生、うさんくささを感じてしまった。

要するに速読法は誰でも出来る、と言いながら本当は出来ない人が多いのではないだろうか。

「右脳はイメージでつかむだけだから、ざっくり見るだけで記憶に残るのだ」

とどの本にも主張されていたが、本当に記憶に残ってくれるのだろうか。

そう疑う小生の心を見越してか、とある本に速読法を学ぶ上での心構えに

「素直に信じよう。疑っていると速読できないよ」とクギがさされてあった。


結局、そんな速読法の本で1500円も払うのがもったいなかったので、古本屋で探すことにした。

今週末は友人の結婚式があるので、来週末にでも地元の古本屋を巡ってみようと思っている。


でもその前に、来週一週間で自分なりに速読に挑戦してみようと思っている。

毎日、簿記3級の本を速読してみるのだ。

内容は簡単だし、復習にもなる。

どれだけ早くなるのか、自分なりに試してみようと思っている。


結果はまた来週にでもここで発表しようと思う。

携帯ってそんなに必要だろうか

本当はまったく別のことを書こうと思っていたのだが、

小生にとって驚愕のアメーバ記事があったので、それを取り上げたいと思う。


携帯電話さえあれば金もセックスも要らない
 アンケートによると、イギリスの若者は携帯電話無しの生活より、セックスレスの生活の方がましだと思っているようだ。.......... ≪続きを読む≫


イギリスの若者は携帯があればお金もセックスも必要ないという意見が多数派なのだそうだ。

これを驚かずして何に驚くと言うのか。

アンケート結果でこれほど衝撃を受けたものはない。


同じアンケートを日本人の若者にしたらどうだろうか。

以前に見たテレビニュースで、「コンビニがなければ死ぬ」とほざいていた渋谷の若者を

見たことがあるが、恐らく彼らは「携帯がなければ死ぬ」とほざくであろう。


まぁそれはいい。

問題は「携帯と金とセックス(とコンビニ)を必要だと思う優先順位をつけてくれ」

と聞いたときにどう反応するかだ。

まさか、携帯電話が一番になるんじゃないだろうか・・・・・

「まさか」と書いたが、現実にそうであっても全く驚きの結果ではないだろう。

現にイギリスではそのような結果が出ているのだから。


確かに携帯電話は便利だと思う。

お金がなくても「ピッ」とすればいいわけだし、

友達や恋人がいなくても出会いを求めてネットすればいいわけだし、

エッチな刺激が欲しいときもやはりネットで検索すればいいだけだ。

ひまつぶしのゲームも豊富だし、音楽だって聴ける。

道がわかんなければ、GPSで自分の現在地を考慮して最短距離の道を

手取り足取り教えてくれるのだから。


本当に一台で何でも出来るようになっている。

特に日本の携帯は世界有数の優秀さだ。

アメーバニュースの映像からもわかるように、海外の携帯はまだカラーすら普及していない。


しかし、便利すぎる携帯に依存しているのは問題であると思う。

現に携帯を家に忘れたことでパニックになる中学生が多いと聞く。

いや、もう大人も携帯なしでは生きていけない人も多数見かける。

何にしろ、「一つのものに依存する」ことでよかったためしがない。


特に携帯が危険なのは、使っている人がドンドンおバカさんになる傾向があるところである。

実際、みなさんにも経験がないだろうか。

一昔前なら、一つや二つの電話番号をすらすら言えたと思う。

友達の電話番号や、職場の電話番号など。

それが携帯電話を持ち出してからは、人の電話番号を覚える習慣がなくなってしまった。

全て携帯の電話帳に収められているから、名前でポンと選べばすぐに電話できてしまうのだ。

また、以前見たニュースで、携帯電話を使用中の人は全く頭を使っていない(使っている時の

脳波が全く出ていない)という実験結果を流していた。


実際、小生も自分の頭が悪くなっていることに非常に危機感を感じている。

だから本当は携帯電話を使いたくないと思っている。

それに携帯ってそんなに必要なものだろうか、と思っている。


小生が携帯で実際に使用している機能なんて知れている。

①電話②メール③ゲーム④カメラ⑤メモだ。

まぁ電話とメールは携帯がないとできない(そのための携帯電話なのだから)

しかし、③のゲームは特になくても困らない。

以前は電車でよくやっていたのだが、最近は意識してやらなくなった。

目が疲れるし、何より「自分は何やってんだ」という悲壮感と焦燥感でいっぱいになるからだ。

④のカメラはそんなに使うことはない。

⑤のメモも同様で、何かいいネタが思いついたときに書き記すだけだ。

しかし、これも自分のPCのメアドに対してメールを送ったほうがよいのではないか、

と最近思い出している。

携帯に情報を残すことにあんまり意味はないような気がしているからだ。


というわけで小生は携帯電話がなくてもあんまり困らない。

メールと携帯の9割ぐらいは嫁さんだし、それ以外の人に対しての電話やメールは

即答する必要性がない。

家に帰ってから返事すれば良いだけの話だ。

要するに電話を"携帯する"必要があんまりないのだ。


それにお金の支払いや家や車の鍵機能などは別に管理したいと思っている。

いまだかつて、携帯を紛失したことはないが、紛失したときのダメージを考えると怖い話だと思う。

そして人との出会いも携帯だのPCだので求めるものではない。

そういう手段でしか人と触れ合うことが出来ない気持ちの悪い人間を見れば

よくわかっていただけると思う。

人との出会いは直接話すほうがよい。

これは別にいい子ちゃんぶって言っているわけでも偽善者ぶって言っているわけでもない。

小生の経験と、小生の周囲にいる気持ちの悪い人間を観察したことで導き出した結論だ。


とにかく小生が言いたいことは、一つだけ。

『携帯は電話とメールだけにしときなさい』


他の機能も使っても良いが、あくまで一時的な利用にしよう。

「この機能がなければ困る」という程に依存しないようにしよう。


ゲームを携帯したいのなら、DSだのPSPだのを買いなさい。

音楽聴きたいならiPotがあるじゃないか。

道がわからん?周囲の親切な人に聞け!

ネットが見れない?パソコンで見ろ!あんなちっちゃい画面では得るものは限られてくるわ!

テレビが見れない?今の番組で、外でリアルタイムで見る必要があるモンなど一つもないわ!

暇がつぶせない?だったら本を読め!もしくは最近ご無沙汰な人に近況報告のメールを送れ!


とにかく携帯で何でも解決するな。

携帯で解決できないことのほうが圧倒的に多い。

そして例え携帯で解決できることでも、それを用いずに解決したほうが

より良い結果を得ることが多いのだ。


これがIT業界で働き、携帯の開発現場で一年以上携わったことがある小生の結論だ!!!


武器がほしい。その一本でメシがたらふく食える武器を・・・

先日、とある先輩と飲みに行った。

その先輩は今の会社の入社して以来、ずっと親しくしてもらっている先輩だ。

以前からその先輩は不思議な方だった。


日本の大学に見向きもせず、あのオダギリジョーと一緒に専門学校に通い、

オダギリジョーのように中退することなく、アイダホの大学を卒業した。

そこでは心理学を専攻したそうだ。


しかし、散々苦労して留学し、卒業したにもかかわらず、しがないシステム会社に入社する。

そして英語が必要であるはずもない場所に派遣され、早5年。

小生は出会ったときから「なぜこの会社にいるのか?なぜ英語を使える職場にいかないのか」

という疑問をぶつけてきた。

決して高くない給料に、決して能力を生かせない職場。

もっと言うと何ゆえにこの会社に入ったのか?もっといい会社はたくさんあったのではないか?


これらの尽きぬ疑問にようやく終止符が打たれたのだ。

そう、先輩は来月一杯で退職するそうなのだ。


もう今年で34歳。

遅すぎる決断だったが、ギリギリの決断でもあったようだ。

5年も常駐していた客先で、なぜ辞めるのか聞かれたそうだ。

年収が低いから、と答えたらいくらだと聞かれたそうだ。

正直に言うとお客さんは一言。


「うちの新人よりも低いで・・・・・」


まぁね、大企業との格差ってそんなもんだろうと思う。

その先輩より低い小生は一体どうなるのだろうか・・・・

それはさておき、お客さんはそれから親身になって話をしてくれ、最後に

「すんなり辞められるよう、全面的に協力する」

と言われたそうだ。



それに対して、うちの上司はなかなかケッサクの対応をした。

2人の上司が別々に飲みに誘ったそうだが、2人ともに言われたのが

「今まで一緒にやってきたやないか。」

それだけだったらしい・・・・。

要するに引き止める材料が、個人的なつながりだけだという悲しいお話である。



小生が入社してから今までに辞めていった先輩は10人以上いる。

中にはどうでもいい人もいたが、大半は優れた技術者で、小生とも仲が良かった。

代わりに入ってきた人間は8人ほど。その大半が

「なんでこんな奴を取ってきたのか?俺もこんな奴らと同じ基準で選ばれたのか?」

と悲しくなる人間なのである。



その先輩は英語という、最強の武器を持っている。

しかもエンジニアとして、販売サイトや製造系のサイトまでJ

avaで作るWebアプリを一人で5年も作ってきた。

人間的にも出来ている人なので、間違いなくいい転職が出来るであろう。

そして今の年収の低さから、きっと年収が倍増するのではないかと(勝手に)にらんでいる。


残念ながらまだ転職先は決まってないそうだ。

しかし、転職のエージェントにはしっかり希望を言っているらしい。

「海外に拠点をもつ会社で、出来れば社内システムに携わりたい」


ま、当たり前と言えば当たり前だ。

5年も会社の外に置いておかれ、安すぎるお金で黙々と他社のシステムを作り続けていたのだ。

(そんな状況で「今まで一緒にやってきたやないか」とは聞いて呆れる・・・・)

システムを自社のために、そして自分のために作りたい。

これは派遣で業務を長年行っている人間なら、一度や二度は思ったことがあるはずだ。


そして海外との接点。

「もう英語を忘れた」などと酒を飲みながら無邪気に言っていたが、そんなわけがないことを

半年間ほど一緒に仕事をさせてもらった小生でもよくわかった。

わからないことがあればネットで検索して調べるが、

先輩が調べているのは決まって英語のページだったからだ。


「○○(←小生の名字)君が探している(プログラム)ソースあったで。これを流用し」


散々悩んでいたことがついに解決されると嬉々としてその先輩が発見したページを見た瞬間、

全部英語で書かれていたのには正直、ゲンナリさせられたりもした・・・・


2人で飲みながら、先輩が「俺、転職するねん」と告白したとき、小生はこう即答した。


「おめでとうございます。でも遅すぎですよ。」


小生も転職をしたいと考えている。

しかし、今度は本当に最後にしたい。

そしてもっと儲かって、一生続けられそうな仕事につきたい。

そのためには武器が必要だ。

先輩には英語という武器があるが、小生にはそれに匹敵するような武器は一つもない。


そして在職期間の短さも気になるところだ。

最低、3年は欲しい。

とにかく他の会社から引き抜かれるような目立つキャリアを今から2年ほどで作り上げるつもりだ。

その一つが簿記であり、会計知識なのだ。



転職の話のあと、技術者とはどうあるべきか2人で熱く語った。

結論としては「人間性」と「合理性」が必要であるとの見解で一致した。

その2つとも、いや、1つでさえも持ち合わせないIT技術者のなんと多いことか。


目の前にいる人間がどう考えているかを想像する力がない。

 ⇒自分の考え・趣向を目の前の人間に押し付ける

自分の考えを人に伝えられないばかりか、人の話すことに耳すら傾けられない。

 ⇒多くの場合、報告すらまともに出来ずに自分の殻に閉じこもっている

人の仕事にケチをつけまくるが、自身の仕事は全く評価に値しないものを作り出す。

 ⇒その尻拭いを周囲に押し付けるだけでなく、自分の考えに理解を示さないものは無能扱い



その先輩との別れ際、先輩は最高の笑顔でこう言った。

「今までありがとう。そしてこれからもよろしく。

 俺が人を呼べる人間になりえたら、絶対に誘うから。」


ありがたい話ですが・・・・

先輩、小生、微塵も英語しゃべれないのです。

今更英語がしゃべれるようになるのでしょうか・・・・・



英語で外国人とうまくしゃべるのに必要な技量は何か

今日、久々に嫁さんとデートした。
最近、試験勉強に明け暮れたり忙しかったので、全く相手が出来なかったのだ。
でもデートと言っても大したことをやっているわけじゃない。
結婚して2年、付き合って5年たとうとしているカップルが
ドラマだ何だで行われているような熱々デートをするわけがない。


嫁さんのバーゲン前の視察に付き合ったり、久しぶりにケーキを食ったり、
紀伊国屋で立ち読みしたりで、最後は吉牛で締めて、帰りにスーパーで
明日の弁当の具材を買っているわけだから、もう熟年と言ってもいいような
ほのぼのしたデートだった。


そこで話した内容で、自分なりに残しておきたい話を今日は書きたいと思う。


小生は最近、全くテレビを見ない人間になっているが
夜中の通販番組だけはけっこう欠かさず見ている。
まぁ、かなりうさんくさい話だらけで、一度も注文したことがないがよく見ている。
もっと言うと小生は、仕事でネットの販売サイトを作ったことがあるが
自分がネットで買い物をしたことなど一度もない。
とにかく商品を買うのは現物を見てからでないと買う気が起こらないアナログ人間なのだ。


じゃあなぜ夜中の通販番組をこよなく愛しているかと言うと理由はただ一つ。
番組内にCMが入らないから。
たったこれだけなのだが、いいところでCMを入れてくる番組など見る気がしない。
あ、そう言えばNHKも見ている。
理由はやはり通販番組と一緒だ。


NHKと通販番組を同一視している人間なんて小生以外にいないだろうな・・・


前置きが長くなったが、その通販番組で気になっていることが一つある。
それは海外の通販番組の日本語訳があまりに直訳過ぎて、
日本の消費者に全くピンと来ない文句を並べている点である。
例えば今話題のビリーブートキャンプの値段を言うところに顕著に現れている。


「今なら、ビリーバンドをお付けして、4980円。4980円の3回払いでご提供いたします。」
「お早目のお電話、お待ちしております」
「ちょっと待ってください。」
「今なら日々の体重の変化をシートに書いて送っていただけると

 5000円のキャッシュバックをいたします」


上記の記述は正確ではないだろうが、だいたいこんな感じだろうか。
小生が気になるのは3行目の台詞である。
たぶん、英語では「Wait a Moment!!」ってな感じだろうか。
それを日本語に直訳して「ちょっと待ってください」・・・・


この番組を翻訳している人は中学生なのだろうか?
どう考えても正しい訳(意訳)は、「なんと今なら!」「今、ご注文いただけると」
とかではないだろうか。
「ちょっと待ってください」など、文脈から言ってどう考えても正しい日本語にはならないだろう。
プロの翻訳する人間のレベルもこんなところなのか、と笑ってしまう。


小生が洋画で、日本語吹き替え版を見る気がしないのは上記と同じような理由からだ。
吹き替え版だとどうしても台詞に無理が生じてしまう。
俳優の口の動きに無理やり日本語を埋め込もうとしているから当然だ。
だから字幕で見るようにしている。そっちのほうがいい日本語訳が見れる。
しかも俳優の生の声で、その場の臨場感を肌で感じるから字幕のほうが無理がなくていい。


と、ここまで書いて小生なりの結論じみたを書くと・・・・
恐らく小生が生きている間にドラえもんのほんやくこんにゃくレベルでどんな言語でも
正確に日本語に翻訳できる商品が生まれることはないと思われる。
なぜなら、日本で一番広く用いられている英語の訳を、プロの翻訳家ですら
「ちょっと待ってください」
とバカ丸出しで直訳してしまうからだ。
となると他の言語など、スムーズな日本語に訳することなど絶対に無理だろう。
本ブログで何度か書いているが、パソコンは万能ではない。
人間が入力した命令を、パソコンはそのまま忠実に実行するに過ぎないのだから。
人間が正しく訳せないのに、パソコンを通したらいきなりちゃんとした訳が出来るわけがない。


とここまで書いて小生はまた違う結論に達した。
日本人と米国人のしゃべり方は、全く違う。
主語と述語の位置ですら違うのだから、正確に意訳なんて出来ないのではないか。
だから言語そのものの技量よりも、相手の文化なり考え方なりを正しく理解しているほうが
相手の意志や主張を正しく理解するのに必要なのではないだろうか。


いや、もちろん言語の技量が未熟であるのは問題外だが、ある程度しゃべれれば
そこから必要なのは相手国の文化への理解度が必要となるのであろう。
RとLの発音がうまく出来ないなど、英語で話す上ではどうでもいいことだ。
日本人が自分の考えを上手に主張できないのは、性格の問題もあるだろうが
発音やらアクセントなど、会話することにとってどうでもいいことにこだわって、
会話するのに最も重要な点、「相手を理解する」ということを疎かにしているからであろう。
(もちろん、「相手を理解する」ということはテレビ番組のように必要以上に相手を褒めちぎる
 ということではないことを付け加えておく。)


そう言えば昔読んだ雑誌の中で落合信彦が「聖書を読んで英語を勉強した」と言っていた。
聖書を読むことで英語の(特に特有の言い回しの)勉強になるし

相手の人の最大のバックボーンである宗教への理解も深まる。


なるほど、今更ながら彼の言っていることに納得した。
ま、今更英語を勉強することなどないだろうが、もし勉強することがあったら
聖書を読むことを一番に考えようと思った。


人生あきらめたらおしまいだ

またまたまたまた久しぶりになった。

でも、まぁぼちぼち続けるとしよう。


4月に受けた情報処理の結果が出た。

午前は合格で、午後Ⅰが不合格だった。

午後Ⅱが自信があっただけに非常にもったいなかったが、

全く合格点に及ばない点だったので諦めもついた。


これで情報処理試験は9回目。

そのうち、合格したのがわずかに2度。7回も落っこちているなんて最低だ。


そして一週間前に受けた簿記の試験も不合格になりそうだ。

自分なりに必死に勉強したのだが、どうもダメくさい。


小生には才能がないのか。

IT関連にも、そして簿記・会計関連にも小生は才能がないのか。

だから、小生は諦めて平々凡々に何も考えずに仕事をして、年齢を重ねるしかないのか・・・・


諦めかけたそのとき、小生の目に飛び込んできたのは下記のニュースだった。


38回目の受験で不合格になった男


この人、学力をつけるために30代で一念発起して高校受験を始めたそうだ。

しかし、滑り続けて38年。

73歳になった今年もやっぱり落ちてしまったそうだ。


この記事に対して冷ややかな反応が多いのだが、小生は違う。

そう、挑戦し続けること自体が素晴らしいじゃないか、と思うのだ。


確かに結果が出てなんぼであり、しかもその結果が出たところで高校入学なのだから

大したことがないと言えば大したことがない。

しかし、挑戦し続けたことでこうやって世界にニュースを発信したのだ。

挑戦もせず、適当に諦めて人生をただ送っている輩が多い中、

恐らく周囲に馬鹿にされながらもただひたすらに勉強し続けるこのご老人には脱帽だ。


「合格したら30歳未満の女性と結婚したい」

という願望の良し悪しは別にして、とにかく挑戦し続けて欲しいものだ。


そして、小生もやっぱり挑戦し続けようと思った。

誰に馬鹿にされても、回りに流されることなく、小生は挑戦し続けよう。

そしていつか合格してみせる。


頭が悪い分、人より長く勉強して、そして人と同じ結果を得ようじゃないか。


そんな勇気がわいてきた記事だった。



勇往邁進だ!

本当はタイトルを「再度、お久しぶりの・・・・」にしようかと考えたが、
毎回同じようなタイトルはどうかと思い留まり、こんな感じにしてみた。


それにしてもまたまた1ヶ月ほど空いてしまった。
もう月刊にしてもいいかもしれないとも思っている。


この一ヶ月の間、簿記の勉強をやったり、急に忙しくなった仕事に明け暮れたり
GWは嫁さんと京都に行ったり、最近では嫁さんの犬が亡くなり、
その弔いに行った嫁さんが風邪を引き、それがウツって大変になったりと
とてもブログを書く暇がなかったのであった。


さて、そんな小生だが最近、いろんなことにやる気を失い困っている。
ま、風邪引いてゴホゴホやっているのに、やる気と希望に溢れた目をしているほうが
どうかしていると思うので今の小生は正常なのであろうが、それでも少し危機を感じている。
少なくとも簿記の勉強にもっと頑張らなければならない。
まぁ勉強も仕事にもやる気を失っているが、娯楽に対してもやる気を失っているのは好都合だ。
ネットも以前ほど楽しいものではなくなったし、テレビなど見るに値しないものになってきた。


なぜか。
それはウソ・大げさ・紛らわしいものだらけであることがはっきりわかってきたからだ。
結局、事件を伝えるのにキャスターだの記者だのの主観があり、読者に興味を引いてもらう
ための表現をふんだんに使用しているから、必然的に読者は誤解してしまうような内容になる。
その誤解が誤解を生み出して、とんでもないことになってしまうのだ。


しかも記者たちはウソ報道しても絶対に謝ったりしない。
あれほど不正だなんだで偉そうなことを書くくせに、自らのウソ記事に対しては全くの無責任だ。
芸能ネタなんて、どこの誰だかわからない事情通と関係者の又聞きと憶測と誇大表現で
でっち上げたウソだらけのネタで覆いつくされているじゃないか。
しかも最近は芸能ネタだけではなく、普通のニュースだって怪しいものになっている。
そんなもんに一喜一憂するのもさすがに飽きた。


とにかく明日からしっかり勉強しよう。
世の中の動きに惑わされることなく、自らの目標に向かって勇往邁進するぞ。

またまたまた久々になってしまった・・・

またまた1ヶ月ほど期間を空けてしまった。


この間、人生9回目の情報処理試験(テクニカルエンジニア(DB))の受験勉強に没頭し、

午前試験は楽勝だったものの、午後Ⅰ試験を大失敗(というか単に頭と時間がなかっただけ)

午後Ⅱがそこそこ出来ていただけに非常に残念な結果となってしまった(十中八九そうだろう)


試験期間中、これでもかと仕事のほうは順調だった。

順調、という言葉は適切ではないかもしれない。率直に「暇だった」と言うべきだろう。

SEの仕事をやっている小生なのだが、先月やった仕事全てに共通しているのが

「納期がない」という、かなり非常識な状況だった。


「納期がない」と言ってもピンと来ない人のために、わかりやすい例で言うと

『学校で宿題を出されたが、「いつ提出してもいいよ」と言われた』

こんな感じだろうか。

そしてこんな宿題を真面目にやる生徒がいないのと同じで、

小生もやはり真面目な気持ちがちっとも沸いてこなかった。


ところが最近、状況が一変した。

そう、やっと期限がある仕事が小生に舞い込んできだしたのだ。

とは言っても小生が、「その期限内にやるのは厳しいっすね」みたいなことを言うと

「そうですか、じゃあ1週間期限を延ばしましょうか」

といともあっさりと期限が変わるので、やはり期限がないみたいなものかもしれない。


その他にも、たぶん2週間ほどで出来る仕事の期限が3ヶ月先の7月1日であったり、

ひどいのでいうと来年の1月と言うのもある。


もちろん、こんな仕事は後回しで、当面はゴールデンウィーク明けの

一週間で納期がある仕事に取り組むことになる。


でも小生は今、とても幸せな気分だ。

だって、暇でボーっとするほど時間が長く感じることはないからだ。

多少忙しいほうが時間はあっという間に過ぎてくれるのだ。


ま、これからも適度に納期が変えられる今の職場に居続けられるよう頑張るのみである。