NHK
友達ってなんだろう?
30 歳を目前にして、この定義づけが非常に難しいと感じている。
最初に思いつくのは仲がよい人、という定義。
しかし、これは単に職場での上辺だけの付き合いですら範疇に入ってしまう。
でも心から相手を許せる人、というのはこれもまた違うと思う。
その典型的な事例を紹介したいと思う。
時は今年の夏の始まりの7月初旬。友人の結婚式があった。
高校時代、仲のよかったKとその仲間たちで余興をやった。
2 次会が終わり、その他の友人たちと別れ、Kと2人で飲みに行った。
一晩一緒に遊び散らかす予定にしていた。Kが
「せっかく関西に帰るのに一日で帰るのはもったいない。
しかも結婚式のあった日は一晩中遊ぶのが決まりじゃないか。」
などと提案してきたからだ。もちろんこの馬鹿げた提案にのるのは小生だけだった。
いや、のってあげたのだ。友人だと、いや、親友だとその時点では信じていたから・・・
適当に居酒屋で飲みなおし、久々にゲーセンに2人で行った。
ゲーセンにいたのはほんの一時間程度だったと思う。
その間、Kの携帯は4度も着信し、そのたびに小生から離れて電話に出ていた。
その電話の相手はだいたい察しがついていた。女だ。
「なるほど、彼氏が一人で関西に帰って夜、誰と過ごしているか気になっているんだな」
一時間に4度も電話をかけ、しかもその1度の通話時間が5~10分。
しつこい女だと思ったが、Kも愛されているな、と思った。
ゲーセンを出て、久しぶりにビリヤードをやることにした。
球を突いていたとき、何気なく小生はゲーセンでの話を振った。
「お前も愛されているな、女に。1時間に4回も電話をかけてくるなんてよ。」
「いや、あれは女やない。N(高校時代の共通の友人)や。」
時(とき)がほんの一瞬、小生で止まった。
しかし、まさかそれはないだろうと小生、気持ちを何とか立て直して聞いた。
「でも4回ともNじゃないやろ?他は女ちゃうんか?」
「4回ともNや。」
「いやいや。それこそ冗談やろ?じゃあなんであんなにしつこく電話が来てん?」
「ん、それは、まぁ、ちょっとな。(この後言い訳が続く)・・・」
Kの言い訳は忘れてしまったが、「メールでええやん」と思える内容だったと記憶している。
それ以上は言わなかったが、しかし、どう考えてもおかしかった。
みなさんに聞きたい。
同じ人から一時間に4度も電話がかかってきたことがあるか?
断言する。そんなことはありえない。
例外的に浮気を疑っている女が男にかけまくるのはありえるかもしれない、愛するゆえに。
愛がなければ、一時間以内に4度も電話してこない。
残念ではあるが、「愛」以外の要因は考えられない。
また、Nは結婚式があることも余興で小生とKが中心となっていることも知っている。
その余興がどうだったかをその電話で小生から直接聞きだしてもよいはずだ。
小生がNではないと思った最大の理由は、Nならば小生に代われとKに言うだろうと思ったからだ。
一時間に4度も電話をかけながら、Kと一緒に小生がいることを知りながら、
Nは一度として小生に代わる事をと要求せず、関東にいていつでも話せるKと電話を楽しんだ。
更に言えば、相手がNならばKは小生から離れる必要はないはずだ。
聞かれてまずい話をしない限り・・・
これを友情と言うには語弊がありすぎないか。
状況証拠ならまだある。
Nは今年の6月末までS・A・G・Aで有名な佐賀にいた。
そしてKはずっと首都圏で働いている。
にもかかわらず、彼らは一年で6回も会っており、そのうち一回は2人で海外旅行を楽しんでいる。
そしてNが首都圏に引っ越してからは月に2度ほど、Kの家に泊まっているという。
これを友情の一言で片付けるのはあまりに横暴じゃないだろうか。
東京と九州で遠距離恋愛をしているカップルに問いたい。
ここまで頻繁に逢瀬を重ねているだろうか?
断言する。そんなことはありえない。
付き合い始めた直後ならいざ知らず、知り合って10年以上経ち、
学生時代、ほとんど毎日10時間ほど同じ時間を共有し、さらに
海外旅行に4度も一緒に行くほどの間柄ならここまで会う必要はないはずだ。
今ほど通信手段の発達した時代に直接会う必要など、肉体関係にならない限りないはずだ。
やはりこの2人の関係(NとH(ホモ達)なK、略して「NHK」)は異常というしかない。
しかし、それでも小生には一縷の望みがあった。
Nが小生のことを嫌っているのではないか、ということだった。
なぜだかわからんが、正直、そうであってほしいと願った。
そうであれば、少なくとも一時間に4度の電話の一件はギリギリ説明がつく。
残念ながら、Nは小生のことを嫌っていないようだ。
時々メールが来るし、小生のしょうもないメールにも対応してくれる。
・・・、一縷の望みは完全に断ち切られたようだ。
戦国時代、武将の間には「衆道」という、いわゆるホモな習慣があった。
女好きで有名な豊臣秀吉以外の武将は全て、男(家臣)と"関係"があったらしい。
現代では気持ち悪いと考えられるが、当時としてはごく一般的な話だったらしい。
※余談だが、「衆道」を中国から輸入してきたのは、あの弘法大師でお馴染みの空海らしい。
「そんな"両刀"遣いなんてなんてあり得るのか」
この話を知ったとき、小生は思ったがNHKを見て、考え方を改めざるを得なくなった。
ちなみに衆道は江戸時代に徐々に廃れていき、明治維新のときに
欧米の考え方(キリスト教)が流入して完全に廃止されたとのこと。
ということはNHKは、非常に日本的ということなのだろう。
NHK(とごくごく一部の日本国民)は、古来の日本の伝統を守っている。
対して小生(とその他圧倒的大多数の日本国民)は欧米の考え方に毒されている。
どっちが正しいか、議論する意味なんてない。
きっと、どちらも正しくなく、そして間違いないのだろう。
友達ってなんだろう?
謎は深まるばかりだが、NHKから離れて考えると答えは簡単に見つかるような気がする。
報道を批判する報道機関はネットだけか
最近、報道手法に関する批判が多いような気がする。
亀田・兄のほうの会見でしつこく質問する記者に対しての非難や、
香川の「父親犯人説」を助長するようなテレビ番組への批判など。
ま、どっちにしろ報道陣の奴らの傲慢さに以前からうんざりしている。
お前ら、どんだけ偉いねん?という突っ込みは以前からずっと思っていた。
世の人々の代表として質問しているのか?
だったらそんな低俗な質問するな、と言いたい。
また、香川の事件でもそうだが初めっから結論ありきの質問も不愉快だ。
お前らの質問で、世論が形成されているわけじゃないんやぞ、と。
無理やりあおっている質問やしつこいだけの質問にも辟易させられる。
大体、自分たちが誤報で流したニュースの責任を取ったことが一度でもあるか?
ウソ・おおげさ・まぎらわしい報道に関して、謝罪したことが一度でもあるのか?
そんな人間どもが
「それで謝罪しているつもりなのか」
「世の中の人はそんな説明で納得しないぞ」
だの偉そうに言うな。
んま、もうそんな番組を見ることがないんで小生としてはどうでもいい。
ほんと、芸能系のネタなんて全く知るよしがなんだから。
「ラルクのtetsuと酒井彩名が結婚するらしいで」
と嫁さんに言われたが、両人ともどこの誰だが知らんのです。
祝う気にもなれない。それぐらい小生は芸能ネタに関しては無知な男です。
小生、今週は多忙を極めておりまして
今週は本当に忙しかった。
小生に関係ない仕事のお手伝いをさせられ、
その仕事に心身ともに参ったからだ。
そのせいかどうかはわからんが、当初予定していた
競馬のデータ取得が大幅に遅れてしまった。
ソフトウェアのバグもあり、でもそれを見つけられるほどの
余裕が小生になく、結局今日までそのバグを引きずっていた。
先ほど、それがめでたく修正され、急ピッチでデータをダウンロードしている。
yahooのアクセスで一番多いのは本日に限っては小生だろう。
推定で1万回以上のアクセスがたった一日で行われる。
「このIPアドレスの人間からのアクセスは今後認めないようにしよう」
なんてyahooが決定する前に全データを取得する予定だ。
えっ?もしそんな決定がなされたらって?
もちろん、プロバイダーを変えるだけ。
変幻自在の小生に、アクセス禁止など屁でもないわ!!!
謝罪の慣例が生まれたようだ
昨日、2人のお騒がせ人が謝罪した。
わざわざ同じ日を選んだ理由は注目を半分にしたかったのだろう。
もちろん、双方とも相手を見て選んだ日じゃなかったのだろうが、
あえて外す理由もなく、その偶然を喜んだのではないだろうか。
謝罪の日としては最もよい日を選んだと小生は睨んでいる。
注目は半分なのに、謝罪したという称号は得られる。
今後、この手法は企業の謝罪などあらゆるところで取られるだろう。
もしかしたら、「謝罪は金曜日」みたいな慣例が出来るかもしれない。
土日は皆レジャーで遊び、月曜日になるとその話題を半分の人間が
忘れており、また、その謝罪会見を見た直後の興奮などが冷めて
どうでもいい話題になる可能性があるからだ。
謝罪は金曜日で、出来れば誰かと一緒に。
そういう定番が出来た記念すべき日、それが11月30日だ。
自分は主婦だと主張する嫁さん
今日、嫁さんは自分の友達の家に遊びに行った。
その友達は既婚者で、一緒に遊びに行った友達もまた既婚者だったらしい。
まぁお互いの結婚生活に関しての情報交換が出来、嬉しそうだった。
しかし、その時の様子を話す嫁さんの下記の言葉にカチンときた。
「いやー、主婦仲間で話し合えてよかったわ」
主婦?え、アンタが?
「だって毎朝アンタ(←小生)を起こしたり、朝ごはんや弁当の用意しているやん」
「結婚していたら、世間の目は主婦やん」
しかし、小生だって帰れば皿洗いもするし、朝ごはんや弁当のためのご飯を炊いている。
掃除は8割方小生がやっているし、洗濯だって4割方やっているじゃないか。
ごみだって小生が集めてポイしているじゃないか!!
しかも嫁さんは正社員として、このビジネス社会を生き抜いているじゃないか!
アンタはビジネスウーマンで、断じて主婦ではないはずだ!!!
別に主婦を馬鹿にしているわけじゃない。
子供がいれば、嫁さんには主婦になってもらわなければならない場面だって出てくるだろう。
しかし、それは本当に仕方がなく、それ以外の方法が皆無であるときだけだ。
既婚のビジネスウーマンが「主婦」という言葉を口にするとき、男、または独身女性としては
「逃げてるな、こいつ」
と疑ってしまうのが普通と思うのだが、違うだろうか。
働くものとしての覚悟みたいなものが欠落しているように思えてしまうのは小生だけか?
とにかく家事を全てやってもらっているなら別だが、小生もアンタと同じぐらい家事をやっている。
女だからという理由で家事を押し付けている男に思われるのは大変心外だ!
そしてこれからも社会の荒波にもまれる覚悟があるなら、主婦なんて気軽に言って欲しくない。
アンタは主婦じゃない!ビジネスウーマン、キャリアウーマン、いや、働きマンだぁ!!!
そのプライドだけは持ち続けて欲しい。
いい加減やばいかも
嫁さんが今、気持ちよく寝ている。
来週の日曜日、資格試験があるにもかかわらず、である。
しかし、小生もまた勉強しなければならないのに、全く出来ずである。
なんてだらしない夫婦だ・・・
理由は、やることが複数あり、どれを優先的にやろうか考えているうちに時間が過ぎていくのだ。
全くもって本末転倒で、情けない限りだが仕方がない。
そこで来週(というか今週)は家で勉強しないことにした。
勉強は通勤時間と昼休みだけにして、家では家でしか出来ないことをやる。
開発期間が既に半年を超えている自作ソフト。
もういい加減に目処をつけたい。
どうせ今週末は嫁さんは勉強三昧だろうし、ちょうどいいだろう。
ひゃくてんまんてん
前回の新福菜館での失敗から2週間後。
嫁さんと小生はリベンジとばかりに再度京都に行った。
もうすでにシバれる状態の京都。誰がなんと言おうと今日が最後の京都だ。
さて、今度は嫁さんと2人で検討した結果、「ひゃくてんまんてん」に行くことにした。
カレーラーメンが食べられる店という理由からだった。
インスタントでは常識なカレーラーメンだが、なぜか店で出しているところはほとんどない。
物珍しさと「素人だってカレーでまずいのは作れないだろう」という冷静な読みがあった。
地図を見ながら、池坊のめちゃくちゃ高い意味不明のビルを横切って
ひゃくてんまんてんに到着。
嫁さんがカレーラーメン、小生は普通のラーメンにした。
前回の失敗があったので、小生も嫁さんも全く期待しないように気をつけた。
その成果もあってか、普通にうまいラーメンだった。
でも嫁さんのカレーラーメンのほうが良かったかもしれない。
嫁さんが珍しく「うまいやん」と言っていた。
普段は西脇の大橋ラーメンしか認めていない嫁さんがこんなに褒めるなんて。
一緒に行ったかいがあった。
食った後、近くの六角堂に行った。
池坊の意味不明の高いビルに囲まれた六角堂には鳩がこれでもかと密集していた。
ゴキブリと鳩をこよなく嫌っている嫁さんは「不愉快だ!」と言っていた。
鳩が密集していた理由はすぐにわかった。エサだ。
ある女の人がエサを買ったら、鳩がわんさかこれでもかと寄っていた。
しかせんべい屋の周りにたむろしている奈良の鹿ですら、ここまでド厚かましくないだろう。
とにかくその女の人の周りにものすごい数の鳩が集まっていた。
まるで鳩のウェディングドレスを身にまとっているようだった。
鳩が好きでも嫌いでもない小生だが、さすがに気持ち悪いと思った。
新福菜館 本店
つい先日、嫁さんと京都に行った。
嫁さんが下鴨神社の特別公開する何か(忘れちゃった)を見たいというからだ。
そのついでに京都のラーメン屋、好きなのに付き合ってくれるというのだ。
そこでラーメン本で調べて、厳選に厳選を重ねた結果、「新福菜館 本店」にした。
理由はいたって簡単。
ラーメン屋の店主に対するアンケートで堂々の1位を獲得した店だからだ。
しかも京都駅から歩いていける距離らしい。
期待に胸を躍らせて店に行くと、15時ぐらいにもかかわらず外まで行列が。
こりゃ相当期待できるじゃないかと高鳴る胸をさらに高鳴らせて並んだ。
相当混んでいたので、4人席に相席で座ることになった。
そしてラーメン到着!いざ、食うぞ!と意気込んだんだが・・・・・
うん、まぁおいしいんじゃないか、最初はそう思った。
チャーシューもうまいし、さすがだな。
そう思いながら、いや、そう思い込みながら箸をすすめたんだが・・・・
うまくない。いや、むしろまずいと言ったほうが的確なのではないか。
醤油入れすぎだろう?それ以外の味が全くしないのはなぜなのだ?
嫁さんも無言で、そして心なしか無気力に箸をすすめているような気がした。
すると相席で前に座っていた親子の子供が言った。
「おいしい?」
すると父。
「(渋い顔で)・・・・・・・」
恐らくこの父も小生同様、京都のラーメン屋を調べ、厳選に厳選を重ねて
胸を高鳴らせながら息子を連れてきたんではないだろうか。
絶対にうまいはず!!!
息子にもそう言っていたに違いない。
ところが実際に食ってみて、恐らく小生と同じ思いに至ったに違いない。
そして質問した息子もやはり同じ気持ちになったはずだ。
偶然相席になった親子と小生夫婦。思いは同じだったようだ。
ちなみにこの後、下鴨神社に行ったが、なんと特別拝観は16時までで見られなかった。
「あのクソまずいラーメン屋のせいや!!!」
嫁さん、ブチ切れてた。
そして嫁さん、まずいラーメン屋の共通点を言い出した。
「お揃いのTシャツを着ている店はダメだ。調子のってんねん!」
そうかな、有名店では結構やっているんだが・・・・・
結局、わざわざ京都に来たのに無念さだけが残った。
「もう一度京都に行こう!これ以上寒くなる前に」
そして嫁さんとまた京都に行くことになったのだった。
天下一品(こってり)
今回ブログを再開する気になった直接の原因がこれ。
ラーメンブログを書いていきたいな、と思ったのだった。
以前は会社のイントラネットでかいていたのだが、ラーメン好きの先輩が退職し、
おまけに誰も見てないことがわかったので、書くのを辞めてしまったのだ。
でも最近、嫁さんが小生のラーメン好きに理解を示し、一緒に色々回ってくれるようになった。
だったら、記録に残さずにどうするのだ!と思ったしだい。
今日行ったのは天下一品。
実は今日行ったのが人生2度目。
一度目は高校生のときだから十数年ぶりだ。
あの時、友人が食っていた「ラーメン(こってり)」のあまりのコテコテさと
小生が食った「ラーメン(あっさり)」があまりにこってりしていたので、それ以来食わなかった。
しかし、ラーメン好きなのに天下一品のこってりを食ったことがないなんて恥ずかしすぎる。
そして最近になって、小生が住むこの東大阪に天下一品があると知ったので行ってみた。
久々の天下一品。しかも高校生だったあの頃ですら「うげー」と思ったこってり。
メニューを見ると「こっさり(こってりとあっさりの中間)」なんていう新種もあったが、
初志貫徹で「こってり」を注文した。
想像していたより全然普通のラーメンが来た。
もっとネバネバした山芋みたいなものに麺がからまっているのを想像していたのだが、
濃い液体に入った普通のラーメンが出てきたので、少し拍子抜けした。
食ってみると・・・・・う、うまい。
とんこつラーメンなのだが、口の中に濃厚で重い味が支配してくれるのだ。
これ以上重いラーメンは「久留米ラーメン 魁龍」ぐらいか!!!
いや、それは大げさですかね。
あのラーメンは横浜のラー博で食ったが、あまりの臭いに子供が泣きじゃくっていた。
小生も子供だったら、やっぱり泣いていたと思う。
とにかく、なんで今までこれを敬遠していたのか、不思議で仕方がないぐらいうまかった。
ただ、ねぎがちょっと邪魔だったかもしれない。
普段はあほほどねぎを入れたがるほどのねぎ好きの小生だが、せっかくのこってりさを
ねぎの刺激が邪魔をしているような気がしてならなかった。
ま、この辺は好みの差だから、まぁいいか。
やるじゃないか、テンイチ!
今度から月に1回ぐらい通ってやるから、覚悟しな!!!
幸せってなんだ?
嫁さんと結婚して2年半ほど過ぎた。
毎日毎日嫁さんと過ごしているんだが、一日一回は爆笑させられる。
嫁さんの発言によって、いつも小生の頭の上に笑いの神が舞い降りてくる。
嫁さんは23歳で結婚し、建築事務所で設計している2級建築士だ。
バリバリのキャリアウーマンで、新築・リフォームの両方で活躍中だ。
そのためか、そして本人がかっこいい女性を目指しているためか、
周囲から見ると目標に向かって突き進んでいく、真面目な人に見えるらしい。
しかし、家に帰ると単なるお笑い芸人に変貌する。
いや、正確に言うとバケの皮が剥がれ落ちるというのだろうか。
または本来の姿になってしまうと言ってしまったほうがいいのだろうか。
これだけ一緒にいるのに、いまだに新鮮な発見と笑いを提供してくれる。
今、小生の年収は負け組と言われるぐらいしかない。
人生で運が良かったことなんて一つもないと思っている。
しかし、嫁さんだけは大当たりを引いたと思っている。
笑いの神様、私は本当についている人間です。
他の神様には完全に見捨てられま したが、あなただけは私に幸せをお恵みくださいました。
あなたにいくら感謝しても感謝し切れません。
本当にありがたいと思っております。