辛いことがあっても、嬉しいことがあっても、特別な日でも、そうでなくても。
世の中は私たち一人一人に特別なものではない。
大人になって、社会人になって、認知できる世界が広がれば広がるほどそうだ。
僕の好きな言葉に、「泣いて歩いても、笑って歩いても、同じ道」というものがある。
僕のために世界がカスタマイズされないのであれば、僕の世界観をカスタマイズすれば良い。
辛いこともあるだろうが、泣きたいこともあるだろうが、同じ道を行くなら、笑って歩いた方が良いに決まってる。
そんなことを思い出し、ふと自分に言い聞かせる。
笑って歩けよ。
先日、癌患者のテレビを見た。
いつか死ぬのが分かっているのは誰でも一緒。
僕らだって、この次の瞬間に交通事故で死ぬかもしれない。
そんなリスクの中で生きている。
でも、癌患者には、「生きられても○年(短いと○か月)」というカレンダーが突き付けられる。
我々と違うのは、先が明確だということで、このカレンダーは多少のズレこそあれ、大きく動くことはほぼ稀だ。
そんな宣告を受けても、テレビで見た人たちは、できるだけ日常生活を続けようとしていて、自分達と同じ境遇の人達の社会復帰(継続)を支援し、その受け入れを社会に求める活動をしている。
もちろん、すべての癌が即、死に直結するわけではないし、治る癌もある。
僕が同じ境遇になったとき、僕はどうするだろうか?
あの人達のように、自分に今できることを精一杯やろうとするだろうか?
自分のことだけ考えて、悲劇のヒーロー気取りで、悲しみに明け暮れないだろうか?
彼らは、少なくとも僕には、ものすごく強く見える。
癌という事実、余命という事実が「同じ道」なら、それでも笑っていたい。
それだけ、強くなりたい。
いつか死ぬということが、人類、生命共通の「同じ道」なんだ。
どれだけ笑えたかが、命の価値だと思う。