桐蔭学園ラグビー部三つ下のが、
四宮洋平その23年間やってきたラグビー選手現役を引退することを
発表した。
………………………………
最後に、自分自身の事を少し書こうと思う。
プロのラグビー選手生活を終わりにしようと思う。
35歳になったらラグビー辞めると決めていた。
昨年の怪我から何とか復帰して、最後良い形で終えたいと思っていたが、世の中そんなに甘くない。
現在は95%~90%位まで回復したが、ラグビーってスポーツは100%出さないと出来ないスポーツ。今まで100%のリミット切る為に色々やってきて、95~90%から上がらないなら面白くない。
自分のキャリアを振り返ると、素晴らしい体験ばかりで思い残す事はない。何よりもラグビーを通じ沢山の友達が世界中に出来た事が一番の財産です。
今まで応援して下さった皆様、ありがとうございました。
これからも楕円とはお付き合いをしていくつもり。
世界へ羽ばたく選手の育成や、海外チームのコーチ又は、マネージャーを出来る様になりたい。
……………………………
私と四宮は、三つ年が離れてるから入れ違いで、桐蔭学園時代はお互い顔を知ってるくらいだった。同じグランドで練習してたことには変わりないので、もう23年来の知り合いということになる。
桐蔭学園時代は良い選手であったが中心選手というほどではなかったが、持ち前のセンスと努力が花開いたのは、関東学院大学一年生から。一年生からレギュラーになり、初の大学日本一になり、大学ラグビーのスター選手になり、関東学院大学在籍中、三度の日本一に輝き、黄金時代を築いた。私は中央大学で同じリーグ戦一部に所属していたが、四宮と違い、日陰だったので、すげえなーとただただ羨望の眼差しを送ってたことを今でも思い出す。
大学卒業後、TOPリーグに入り、当然日本代表になり、活躍することになるのだが、彼が他と違うところは、常に世界を意識して自身をレベルUPさせ、日本ラグビーを強くする為に、海外のプロチームに行ったことである。ニュージーランド、南ア、フランス、イタリア…現役最後は、イタリアのプロチームに所属していた。
こんな私なんかにも人生相談をしてくれて、なんの為にもならなかったと思う(笑)が、私と中央大学後輩小林と四宮と昨年からDr.ストレッチ事業を合弁でやっている関係もあり、現役末期は語り合った。
私は常々、「洋平、やり残した感はあると思う。俺は、お前みたいな一流選手でなかったから失礼かもしれないが、もう潮時じゃねえか、スパッと引退しろよ。第二の人生一緒に頑張ろうよ。」なんて言っていた。でも、ブログを見たり、彼の最近の言動見てて、失礼なこと言ってしまったなと。すげえ、葛藤してたんだよな、悶々としてたんだよな。
また、恩師の藤原先生含め様々な人がサポートしていたことは確かだが、これから間違いなく日本ラグビー界を背負ってくだろう、桐蔭学園卒業後、南アシャークスから現在サントリーサンゴリアスに在籍している松島幸太朗に常にアスリートとして男として最適な導きをしていたのは四宮だ。南アの松島と毎日のようにSkypeをして、励ましていたのは四宮だった。松島が南アフリカ代表U20候補に入った時、結局本人が日本代表に将来なりたいということで辞退したが、四宮は最後まで「世界Levelの選手になってもらいたい」という視点で議論していた。思い出すと泣けてくるな。
最後に偉大な後輩と、最初で最後、同じユニフォームで同じグランドで11年前にALL桐蔭学園とALL国学院久我山の試合でプレーしていたことを思い出した。俺は無理やり出さされ、たった5分しかプレーしなかったが笑。
今後もお互い切磋琢磨してがんばろう。
さて、
いよいよ週末営業、出し切ろう。
本日は以上