義祖父のことは好きだった。

大らかな人で、家族思いの人柄が言葉がわらからなくても、

その表情から伝わってくるそんな人だった。

 

初めて会ったのは結婚式の時で、

この時は義母の兄の家に住んでいた。

 

暫くして、身体が少し不自由になったから、

老人ホームに入った。保険では全額払えない高級老人ホームだった。

 

義祖父は財力があった。

妻と子供7人だかいるのに、一人一人にさら地とそれとは別に家を与えている。

家と言ってもマンションだったり、小屋だったり、小さい一軒家だったりする。

 

お金とは違い、土地や建物を分配するには均一とはいかない。

だから、喧嘩しないようにと生きているうちに分配したのだと思う。

 

それだけ子供に与えても老人ホーム代は何年も自分で払っており、

老人ホームに会いにくる曾孫にはずっとお小遣いをあげていた。

 

老人ホームに入って多少身体の動きが遅くても、

頭の回転はびっくりするほど早かった。

XX歳の曾孫は何年産まれと言う計算は私より早かった。

 

どんなに計算ができても、死ぬ時期は自分では決められない。

 

義祖父が思ってたより長生きしたんだと思う。

6年入所していた老人ホーム。

最後の年、自分で差額を出すのが難しくなり、

義母の長男が、一人130ユーロを払うよう連絡してきた時に、

義母は怒っていた。

 

人間とは勝手なものである。

 

私も夫も、もらうものはもらっておいて、

130ユーロが親の為に出したくないという義母にがっかりだった。

 

生前贈与などは、自分が困ってしまうかもしれない可能性がある勇気が必要なこと、

子供に託すという親として愛を感じる行為だが、

子供はもらってしまえば、自分の物としてしまうのである。

 

義弟(次男)がその義祖父から贈与したアパートに住んでいるのだから、

130ユーロくらいもらったら良いのである。

それは言えない義母

 

義弟のアパート話はこちら

 

義祖父は、生前贈与だけではなく、自分のお葬式も手配済みだった。

恐らく計算外だった老人ホームの約1年分以外は何もお金がかからいようしていたのである。

自分の死を考えることは勇気のいることである。

なんと家族思い何だろう。あの温かい笑顔は彼の性格を表していたと思う。

 

私と夫は、毎年フランスに来る度に義祖父に会いに行っていた。

一人は義祖父から譲り受けた義母所有のアパートに住んでいるのに、

もう一人は自分の娘がお小遣いをもらっていたのに、

義祖父に全く会いにも行かない近くに住んでいた義弟達。

 

義両親は恐らく義祖父がしてくれたようなことはせず、

強欲な義弟2人がもらえるものは、今から私物化して、

きっと夫は不公平な相続となるだろう。

相続するものがあればまだ良いが、

現在何も親の援助を受けていない夫が、義両親が年を取った時に、

一番頼られるのではないかというのが今から私は心配である。

 

親のお金をあてにするより、自分の足で生きれるのが一番である。

楽に手に入れたお金はなくなるのも早い。

お金を貯めたいなら、自分で働くのが一番だと私は思っている。