智
ドン・・ドン・・ドン
必死でケンケンするけど、
いつもの機敏さなんか
当然出せるはずもなく
ドラム缶を懸命に運んでいるかのよう。
部屋のドアにたどり着くだけで、
ハアハアと息が切れる。
僕ってこんなに重かっただろうか?・
「無理はよせ。
足をついたら、もっと酷いことになる。」
ドアを掴んだ指が上から押さえられる。
「か、帰ります・・
あ、あんなことされる理由がないので・・」
そう、助けてくれたのはありがたいよ、でも
体で返せって事なら無理だから・・
「医者だといったはずだ。
意味のないことはしない。」
「意味のない・・?」
頭の上から聞こえる言葉に僕は
悲しくなった。
そんな屁理屈まで言い出すなんて・・・
「助けてくださったことには、
本当に感謝しています。
でも、これ以上ここにいては
迷惑ですので帰りたいと言っているんです。」
「誰かと一緒に住んでいるのか?」
えっ、どうしてそんなこと聞くの?
「そいつは車をもっているのか?」
矢継ぎ早に聞かれる。
だからさ、
そんなこと僕が答える義務ないよね。
「どうしてそんなこと
聞かれなくちゃいけないんですか。」
今度は怒りが湧いてくる。
人を馬鹿にしてるの?
「呼べよ、ここに。」
「えっ・・」
「早く。住所を言うから迎えに来てもらえよ
その相手に。」
「呼ぶ必要なんてありません。
ひ、一人で帰れます。」
「さっきのような目にあうぞ」
「もう‥あの道は通らないし・・」
「いい加減にしろよ!」
いきなりイケメンが怒鳴った。
「さっきから黙って聞いていれば、
ガキのような駄々をこねて」
ひっ・・と思わず息を吸い込むほどの迫力だった。
「誰もいないんだろう、家には。
嘘をつくな。
ここにいろ。
動くな。」
「だっ・・だって・・」
そう僕は女の子じゃない。
メイクで綺麗な女の子になった僕は
すっかりその気で歩いてみただけ。
すれ違う人の視線をあびて・・
別人になれたことが嬉しくて
舞い上がっていたんだ。
まさかこんなことになるなんて・・
思ってもいなかった。
罰が当たったんだ・・
「ごめんなさい・・
ごめんなさい・・」
僕はうつむいて
同じ言葉を繰り返した。
「なんで謝るんだ。
さっきから・・
謝る必要はないだろう。
俺が勝手に助けただけだ。
医者だから怪我をしている人間を
見過ごせないだけだ。
そして、言うことを聞かない患者を
いつものように叱りつけただけだ。」
「・・・・」
「多分謝らなくちゃならないのは俺の方だ。」
「えっ・・」
「見ず知らずの相手に怒鳴ってすまない。」
強い口調が少しだけ柔らかくなって
僕に謝罪した。
「とにかくその足は、
かなり酷い捻挫か骨折だ。
家に誰かいるなら帰ってもいいが、
一人暮らしならここにいろ。
本当に動かさない方がいい。」
「で、でも迷惑じゃ・・」
「同じことを言わせるな、
迷惑ならタクシーを呼んで帰している。」
この人・・
本当に心配してくれているんだ。
あわよくばなんて下心はない・・
「す、すみませんでした。
お手数かけますが、よろしくお願いします。」
僕がそう返事をすると、イケメンは、
僕をそっと横抱きにした。