大好きなんだ、夏野菜。

冬の野菜も好きだけど、というか野菜全般好物なんだけど、夏野菜の爽やかさはやみつきになるというか。

トマト、きゅうり、ピーマン、なす、オクラ、そしてゴーヤ!なんといってもゴーヤが好きなの。夏の間はお買いもの行く度に買って、そしてぼりぼり食べる。

定番のゴーヤチャンプルーや味噌炒めも美味しいけど、特にくせになるのが生。

うす~くスライスして、鰹節ふって、ポン酢かけて、レモン絞るだけ。で、もりもり食べる。

当たり前だけどさすがに苦い。だけどその苦さが醍醐味なのだ。スッキリして気持ちがいいというか。

そして、もしかしたら偶然なのかもしれないけど、私の場合、ゴーヤを食べるとすこぶる肌の調子がよくなる。

もともとどっちかというと乾燥肌だから、そもそもそんなに肌荒れには悩まされていなかったんだけどさ。それでもやっぱり、寝不足が続いたりするとちょこちょこと肌に表れてたんだ。だけどそれが、ゴーヤをもりもり食べてる間はきれいさっぱり出てこなくなるんだよね。ゴーヤにはそういう効果があるのかなぁと思っていつも調べようと思うんだけど、すぐ忘れちゃう。このブログ上げたら今度こそちゃんと調べてみよう。
仕事の話。最近愚痴っぽくて本当に自分でも嫌になるのだけれども。むしゃくしゃして仕方がない。

どうして。どうしてそんな風に「これは○○の仕事」ということばかりにこだわるの。

しかも気に入らないのは、そもそもそれはこちらの仕事だったにも拘わらず、人に押しつけておきながら平気な顔でそういうことを言うところだ。

線引きにこだわるくせに、自分がやりたくないと思ったらすぐに他人に押し付ける。

そしてその他人が困り果てて助けを求めて来たら「イヤそれはもう君の仕事だから」「こっちはもう関係ないんで」。

なんだそれ。社会人としてというより、最早人としてどうかしてるというレベルだろう。

その様子を見かねて、私が手が空いているときに手伝ったら「新人が自己判断で勝手にすんな」。

百歩譲って、新人が出しゃばっていることは認めてもいい。だけど、それ以前に人として間違っているのは自分でしょう。

私は実際新人で、社会に出てようやく4カ月が経とうとしているところで。だけどあなたに仕事を押し付けられた人たちは、そんなぺーぺーの新人の手も借りたいというほどに困っているんだよ。私が声をかけたらすぐに「じゃあこれやってもらっていいかな?」という言葉が出るくらいには、困っているんだよ。

で、あなたは何?周囲の部署に本来自分がすべき仕事を押し付けまくって、そして自分の取り分を極限まで削って、ほぼ一日中、インターネットを眺めるか、自分の席を離れてうろうろするか。

よくもまあそれで給料がもらえるもんだ。情けないと、申し訳ないと思わないのか。無論、そんなこと思いもしないからこそ、そう振る舞えるのだろうけど。その面の皮の厚さだけは賞賛に値する。

そして最近になってようやく分かってきた。あなたは多分、「女が主導権を握ること」が嫌で嫌でたまらないのだ。典型的な男尊女卑。女性職員は黙って言いなりになって、何も考えることなく指示があったことのみ素直にハイハイと実行して、あとは大人しく椅子に座っていればそれが素晴らしいと思っている。だから、女性職員が何かを決めたり、提案したりすると過剰反応してネチネチと文句を言う。この平成の時代にまだそんなこと言ってるなんて、ナンセンスも甚だしい。

本当に本当に腹が立ってたまらない。

役職的には全く同じクラスの人からの指示なのに、それが男性だと素直に聞き入れる。ところが女性だと、嫌悪感を露わにして陰で悪口ばかり言う。
現場を取り仕切っているスペシャリストの女性たちのことを「馬鹿」と侮辱する。

何一つ、実情が見えていない。男性だろうと女性だろうと間違いなく同等に働いて、貢献しているのに。スペシャリストたちは、そりゃ学歴自体は高くないと思う。だけど、私たちが知らない現場を、毎日うまいこと回転させてくれているのに。敬意を払うべきであるのに。

そういう実情を何も見ず、時代錯誤も甚だしい男尊女卑をいつまでもぶら下げて。

どう考えても馬鹿はお前だろう。本当にくだらない人間だ。

本当に様々な職種の人間が入り乱れる特殊な職場であるからこそ、互いに相手に敬意を払って、思い遣りあって動くべきじゃないのか。
助け合える部分を見つけて、円滑に連携を図っていくよう努力すべきではないのか。

どうしてそんな風に考えることができないんだろうか。口汚いのは百も承知だけれど、ここまで来るともう、頭がおかしいんじゃないかと。

だけど私は、自分が辛抱しなくちゃいけないことくらい分かってる。だから職場では、あくまでもうっすらとうっすらと訴えるだけにとどめている。

だから、ここでだけは、愚痴ることを許してね。

両者の違いって何なんだろう。ホットケーキと、パンケーキ。

世界共通なのは「パンケーキ」の方。フランス語で「パケヌ」。要するに、「焼いたケーキ」であればクレープだろうとなんだろうと、甘いものからしょっぱいものまで、全てこれに該当するのだそう。

だけど日本の場合は独特で。一応従来、「砂糖を使った甘みのあるもの」が「ホットケーキ」、「砂糖を使っておらず、食事として並びうるもの」が「パンケーキ」ということになっていた、らしい。

ところがここ数年になって急に台頭してきたのは「パンケーキ」の方だろう。恐らくは、生クリーム山盛りの某店の品の影響。私のような若い世代では特に、近年では「パンケーキ」の方が市民権を得てきているように感じる。

それでも私は「ホットケーキ」が好きだ。
食べ物としての厳密な分類上の話ではなく、言葉の響きという意味で。

だって「ホットケーキ」って、私にはすごくあたたかくて、特別な言葉に聞こえる。

普通のケーキ屋さんのショーケースに並んでいるケーキとは違う。それよりももっとうんと庶民的。どちらかといえば地味。だけど、目の前に出されるとほっこりと嬉しくなる。「ホットケーキ」という言葉には、そういうささやかな特別さがあって、何となく心躍るのだ。

時代が時代だった頃、「ホットケーキ」は喫茶店やレストランでしか食べることのできないおやつだった。

恐らくその頃の威光を「ホットケーキ」は有し続けているのだ。だから時代を超えて今なお「ホットケーキ」には不思議な特別さがあるのだ。

私は曲りなりにも文学を専攻していたので、やっぱりこういう風によく「言葉」に思いを馳せる。

そしてその度に、「言葉」っていいよなぁと、しみじみ思うのである。